「こころの耳」事例から見るストレスチェック制度への取り組み状況

2017年も10月に入り、多くの企業でストレスチェック2年目のストレスチェックが実施されたことと思います。

今回は厚生労働省のメンタルヘルスポータルサイト「こころの耳」でストレスチェック制度への取り組み事例(http://kokoro.mhlw.go.jp/case/stresscheck/)として取り上げられている企業を題材にストレスチェック制度を活用するためのポイントについて考えてみたいと思います。

1.事例企業の概要

取り組み事例は連載方式で公表されており、現在、ロート製薬株式会社、株式会社構造計画研究所、日産車体株式会社、コマツキャステックス株式会社、株式会社ミライトの5社の事例が公表されています。

業種では製造業が多く、企業規模は約500名から約5000名と中堅、大企業が事例となっています。事例企業全てで義務化前からストレスチェックが実施されているのが特徴です。厚生労働省の「平成 27 年労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、ストレスチェック義務化直前の2015年10月末時点でストレスチェックを実施している事業所は1000名以上でも66%に留まっていたことを考えると、メンタルヘルス対策への取り組みに積極的な企業が事例に選ばれていると言えます。

 

 

2.ストレスチェック実施状況について

事例企業においてはストレスチェックは2週間から1ヶ月の間で実施されており、受検率はほぼ全員受検と言える90%以上となっています。厚生労働省より公表されている受検率の全国平均は78.0%(http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000172107.html)であることを考えると、事例で紹介されている企業の受検率は極めて高い水準と言えます。その背景としては、実施前に従業員や管理職向けの説明会などの周知活動が十分に行われ、「個人の結果は本人の同意なしに会社には知られない」「全員が受けることが望ましい」といったストレスチェック制度のポイントが従業員に十分に理解されていることが考えられます。また全ての事例企業において産業医、保健師、看護師といった産業保健スタッフが積極的に関与していることも、高い受検率の要因となっている可能性があります。

事例企業のように説明会開催など周知のための活動に割く余裕がないという企業も多く存在すると思いますが、毎年実施を重ねることで徐々に従業員の理解が進んで受検率が向上することも考えられます。まずは「個人の結果は本人の同意なしに会社には知られない」「全員が受けることが望ましい」という最低限のポイントに絞って、イントラネットや社内文書等により事前に周知し毎年定期的に実施するというサイクルを地道に繰り返すことが重要と考えられます。

高ストレス者比率については10%前後の企業が事例企業でも大半を占めています。多くの企業が厚生労働省のストレスチェックマニュアルに示されたいわゆる10%基準値を採用していることから当然の結果と言えます。

高ストレス者のうち面接指導を申し出た人の割合は高い企業でも約2割、低い企業では約3%と企業によって差があるようです。実際に面接指導の実施に至る割合は申し出の割合よりもさらに低くなることが事例企業でも示されています。面接指導を申し出たものの実施に至る人数が少ない理由としては、制度上面接指導は企業に申し出なければならない、面接指導結果(申し出者のストレスチェックの結果や医師からの所見等)が企業に法定資料として5年間保存されてしまうといった点が従業員の申し出づらさを生んでいることがあるように思います。

事例企業においては、健康管理室での健康相談や外部相談機関の相談窓口などの面接指導以外の相談窓口が設けられている企業が多くなっていますが、そのような相談窓口の設置はストレス度の高い従業員へのケアとして非常に重要と考えられます。そうした相談窓口が十分に周知され、利用者が一定以上存在するのであれば、ストレスチェック制度下での企業への面接指導申し出が少ないことは必ずしも問題ではないと言えます。

3.集団分析の実施状況について

ストレスチェックの結果を個人が特定できない形で集計したいわゆる集団分析結果の取り扱いを事例企業について見てみると、経営層への報告までで留めている企業が存在する一方で、結果の気になる部署の部門長との面談に活用したり職場環境改善の対象部署の選定に用いている企業など活用方法にはばらつきが見られます。

集団分析の結果は、企業全体のみならず部署ごとのストレス状況が数字の形で示される大変インパクトの強い資料ですので適切に活用することが重要です。たとえば、集団分析結果が経営層に報告された後で悪い部署の部門長が管掌役員から叱責されるようなことがあると、その部門長から従業員に向けてストレスチェックへの回答への有形無形のプレッシャーがかけられるという事態を招く可能性があります。ストレスチェックは従業員が正直に回答して自身のストレス状況を把握することが目的の一つですので、そうしたプレッシャーが望ましくないのは言うまでも有りません。

そうした事態を避けるためには、人事部門などのストレスチェックの担当部門は外部機関からの結果を受領した後に、自社の組織風土を熟知している人事部門としてストレス対策を進めるための適切な扱いを検討することが重要と考えられます。当面は人事部門が社長のみに報告し、人事部門の役員以外の経営層も制度の趣旨を十分に理解した段階で、部署別の結果を報告するといった方法も一つの有効な方法と考えられます。くれぐれもストレスチェックを新たなストレス源にしないことが重要です。

また、集団分析結果はあくまでストレスチェック実施時点の自己回答にもとづく情報であり、職場環境の全てを反映したものではないことには注意が必要です。事例企業の日産車体株式会社で実践されているように、数値情報のみを鵜呑みにするのではなく、業務内容や繁閑のサイクルなど現場の実情などの定性的な情報と併せて結果を解釈することが重要です。単に数値が上がった、下がったではなく、その原因まで掘り下げて検討することが重要です。

4.職場環境改善の実施状況について

「2.集団分析の実施状況について」と同様に、事例企業では各社各様の職場環境改善の取り組みがなされていることが分かります。事例企業での実施形式はグループワークが多くなっていますが、管理職が集団分析の結果を意識して日頃のマネジメントを心がけることも職場環境改善と言えますので必ずしもグループワーク形式にこだわる必要はないと言えます。

また、結果の悪い部署は往々にして忙しい部署であることが多く「この忙しいのに何故自分だけが研修に呼ばれるんだ!」「忙しいからストレスが有るのは当たり前だろ!」といった管理職の抵抗感が強いことが多いと考えられます。株式会社ミライトの事例にあるように、結果が悪い職場のみ選抜するのではなく、全部署の管理職を対象するという方法が有効です。また、同じ企業の管理職同士が意見を交換することにより、管理職のマネジメントのノウハウ、ストレス低減のコツに対する気づきが生まれるという副次的な効果も期待できます。

5.おわりに

ストレスチェック制度の義務化は、売上、利益率といったKPIが存在しないためPDCAサイクルの実践が難しかったメンタルヘルス対策分野においてPDCAサイクルの実践が可能となった画期的な出来事だと言えると思います。今回の事例企業は厚生労働省のホームページに掲載されるだけあって、全国の企業では上澄みと言える存在かと言えるかもしれませんが、事例企業でも当初から実践できていた訳ではなく時間をかけて現在の形が出来上がったものと思います。そうした先進企業に倣って少しでも取り組みを進化させることが、今後労働力が希少となる日本においては企業の業績を向上させるために重要になってくるのではないかと思います。

 

以 上

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