ジョブ・クラフティングの健康経営への活用について

はじめに

ストレスチェック制度が義務化3年目を迎え、初年度で多かった「高ストレス者への対処はどうすれば良いか?」「総合健康リスクの高い職場にどのようなアプローチをすれば良いか?」といった質問から「ストレス低減のみならず、従業員のパフォーマンスや職務満足度を向上させる施策は何か?」という趣旨のご相談を受けることが多くなっています。健康と経営の両立を目標とする「健康経営」の流れからも当然のことと感じます。

そこで、今回は、そのような、いわゆるポジティブメンタルヘルスの流れにおいて、近年注目を集めている「ジョブ・クラフティング」について説明します。

ジョブ・クラフティングとは

「ジョブ・クラフティング」とは、一言で言えば仕事を面白く、意義あるものに作り変えていく行動と言えると思います。ジョブ・クラフティングの古典とみなされるDuttonとWRZESNIEWSK(2001)によれば、ジョブ・クラフティングとは「個人による職務や関係性の境界に対して行う物理的あるいは認知的な変化」として定義されています。

Wrzesniewski A.  Dutton J.E(2001)  Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of Management Review 26: 179-201

 

ジョブ・クラフティングを概念化するにあたっては、大きく2つの流派があります。一つはTimsら(2012)による 仕事の負担、仕事の資源モデルと関連の深いもので、ジョブ・クラフティングが以下の4つ構成要素から構成されると考えます。

  • 構造的な仕事の資源の向上(例:私は、自分の能力を伸ばすようにしている)
  • 妨害的な仕事の要求度の低減(例:私は仕事で思考力が消耗しすぎないようにしている)
  • 社会的な仕事の資源の向上(例:私は、上司に自分を指導してくれるように求める)
  • 挑戦的な仕事の要求度の向上(例:面白そうな企画があるときには、私は、積極的にプロジェクトメンバーとして立候補する)
Tims M, Bakker AB and Derks D (2012) Development and validation of the job crafting scale.
Journal of Vocational Behavior 80: 173−186

上記のような行動をとっている人はジョブ・クラフティングをしている人と考えるわけです。Timsらが開発したジョブ・クラフティングを測定する調査票をみるとよりイメージがわきやすいと思います。

ジョブ・クラフティング(JCS)

もう一方の流派はSlempと Vella-Brodrick (2013)によるもので、ジョブ・クラフティングが以下の3つの要素からなると考えます。

  • 仕事の工夫(task crafting):仕事を改善するための新しいやり方を導入する等
  • 認知の工夫(cognitive crafting):自分の仕事が組織の成功に対して持っている重要性を思い出したり、人生にどのように目的を与えているか考える等
  • 関係性の工夫(relational crafting):関係性を構築するためにネットワーキングに力を入れる等

Slemp, G. R., & Vella-Brodrick, D. A., (2013). The job crafting questionnaire: A new scale to measure the extent to which employees engage in job crafting. International Journal of Wellbeing, 3(2), 126-146.

この流派では「認知の工夫」をジョブ・クラフティングの構成構成要素としていることが特徴です。業務や職種上の制約によって仕事の改善や関係性の工夫が難しい場合や、業務スキルの低い新入社員時代には仕事の改善が難しい場合がありますが、少なくとも仕事に対する認知は変えていくことが可能ですから、実践上は最も有用なジョブ・クラフティングであると言えるかもしれません。

経済人の自伝を読むと、つまらない、嫌だと思っていた仕事がある出来事をきっかけに見方が変わって仕事のパフォーマンスが上がったというエピソードが多く見られます。たとえば、三井住友銀行社長の国部社長は新人時代を下記のように回想していますが、ジョブ・クラフティングのうち「認知の工夫」が行われたと考えることができます。

出典:プレジデントオンライン『金融危機の難局で貫いた「敬事而信」仕事は取り組む姿勢で面白くなる』

https://president.jp/articles/-/24091?page=2

銀行内で書かれた膨大な伝票が最後に回ってくる部署で、勘定を合わせるのが仕事。手動の加算機で出入りの額を打ち込むが、打ち間違えのせいかなかなか合わず、計算し直してもまた違う。ベテラン女性に怒られ、上司に「きみたちには無理だから、同期の女性がしっかり働けるように、お世話しなさい」と指示された。だから、仕事に気が乗らない。でも、やっているうちに、はっ、と思う。次々にくる伝票をみていると、いま銀行でどういう取引が主体かがわかる。同じ取引先の名があれば、「そうか、ここはこうか」とみえてくる。仕事に誇りと責任感を持つ姿勢が生まれ、周囲の信頼を得た。

いずれにしても、与えられた仕事を言われた通りこなすのではなく、仕事を面白くするために仕事そのものや周囲に働かけていくという能動的な姿勢・行動がジョブ・クラフティングの特徴と言えます。

ジョブ・クラフティングがなぜ有用か?

ジョブ・クラフティングがなぜ有用かを説明する前に、現在ストレスチェックを起点とした職場のメンタルヘルス対策、健康経営で基本となる考え方、フレームワークとして有用なのが「仕事の要求-資源(JD-R)モデル」です。

仕事の要求-資源(JD-R)モデルでは、仕事の要求(量的負担、質的負担等)、仕事の資源(仕事の意義、上司・同僚の支援等)がストレスとワーク・エンゲイジメントに影響するという考え方です。

仕事の要求(量的負担、質的負担等)が多いほどストレスがより多くなり、仕事の資源(上司・同僚の支援等)が多いほどワーク・エンゲイジメントがより高まると考えます。また、仕事の要求(量的負担、質的負担等)はストレスほどではないがワーク・エンゲイジメントにも影響を与えており、仕事の要求が少ないほどワーク・エンゲイジメントが高いことが分かっています。

また、仕事の資源についても、最も影響しているのはワーク・エンゲイジメントですが、ストレスにも少ならず影響を与えており、仕事の資源が多いほどストレスが少ないことが分かっています。

仕事の要求-資源(JD-R)モデルはその後の数多くの研究においても実証されており、弊社が関与した日本国内の複数の企業の調査結果でも同様の結果が得られています。かなり再現性の高いモデルと言っても良いと思います。なお、図中ではストレスとワーク・エンゲイジメントを例に挙げましたが、ストレス以外にもバーンアウトなどはストレスと同じ傾向、逆にモチベーション、職務満足などはワーク・エンゲイジメントと同様の傾向を示すことも分かっています。つまり、メンタルヘルスに関してネガティブな結果を防ぎたいのであれば仕事の要求の低減、いきいき・ポジティブ面での結果を増やしたい場合は、仕事の資源を増加させることが、定石と言えます。

この「仕事の要求-資源(JD-R)モデル」に即して考えると、ストレス度が高い組織に対しては仕事の要求の低減、ワーク・エンゲイジメントが低い組織に対しては仕事の資源を高めるアプローチを採用すれば良いことになります。しかし、最近では、ストレスチェックの結果を分析すると、「働き方改革」の影響もあって一時的に業務負荷が高くなっていることが原因でストレス度が高い組織はあっても、恒常的にストレス度が高いと思われる組織は少なくなってきています。

一方で、ワーク・エンゲイジメントや職務満足、モチベーションに関しては、恒常的に低い組織が存在することが非常に多いです。こういった組織に対するアプローチとしては、従来は上司による支援や同僚による支援を重視し、管理職に対するリーダーシップ研修やチーム・ビルディングなどを行って仕事の資源を高める介入が行われてきました。

弊社の経験では、そういったワーク・エンゲイジメントや職務満足、モチベーションが低い組織は管理職の行動や組織内の人間関係が原因になっていることよりも、単調なルーチンワークが多く、決まった手順で粛々と遂行することが求められる業務内容の組織であることが多いと思います。実際に、経営層や人事部も「この部署はオペレーション業務がほとんどだから仕方がない」という認識をしていることが多いように感じます。そのため、上記のような介入が奏功しない事例が多いと感じています。

弊社では、そのような場合にこそ、先述のジョブ・クラフティングに着目して仕事の資源を高めていくアプローチが有効であることが多いと感じています。実際に、Timsら(2013)は、縦断的研究によりジョブ・クラフティングとワーク・エンゲイジメント、職務満足度、バーンアウトとの関連を調査しています。その結果、ジョブ・クラフティングの4つの要素のうち、構造的な仕事の資源の向上(例:私は、自分の能力を伸ばすようにしている)、社会的な仕事の資源の向上(例:私は、上司に自分を指導してくれるように求める)がワーク・エンゲイジメント、職務満足度を向上させ、バーンアウト(仕事での燃え尽き)を低減することを明らかにしています。

なお、ジョブ・クラフティングの行動のうち挑戦的な仕事の要求度の向上と妨害的な仕事の要求度の低減については注意が必要と思います。前者については、ワーク・エンゲイジメントを高める効果が示唆されてはいるものの労働時間削減の潮流に逆行することや、先述した決まったことを決まった通りにこなすことを求められる業務に従事している社員にそういった変化を求めない企業が大半であるためです。また、後者については、研究上ワーク・エンゲイジメントとの関連が見られなかったり、逆にワーク・エンゲイジメントを低下させるという報告も見られるためです。

ちなみに、Slempと Vella-Brodrick による、ジョブ・クラフティングが仕事の工夫、認知の工夫、関係性の工夫からなると考えるアプローチにおいても、ジョブ・クラフティング向上が仕事の資源向上につながり、ひいてはワーク・エンゲイジメント向上につながることが予想されます。実際に、日本人労働者を対象としたSakurayaらによるジョブ・クラフティングの向上の介入研究では、ジョブ・クラフティングの向上がワーク・エンゲイジメント向上とストレス低減につながったことが報告されています。

Sakuraya A, Shimazu A, Imamura K, Namba K, Kawakami N (2016) Effects of a job crafting intervention program on work engagement among Japanese employees: a pretest-posttest study. BMC psychology 4, 49.

ジョブ・クラフティングを高めるには?

それでは、ジョブ・クラフティングを高めるためには、どのような介入方法があるのでしょうか?

多くの研究では用いられているのはワークショップ形式で、ジョブ・クラフティングについて説明し、個人でジョブ・クラフティングに関してアクションプランを作成してもらい、実行してもらうという形式が多いようです。

ちなみに、先述のSakurayaらによる介入プログラムの内容は以下のようのものです。

  • <第一セッション>
    事例によるジョブ・クラフティングの概念を学ぶ(30分)
    参加者間でのジョブ・クラフティング経験の共有と各自のジョブ・クラフティングの計画を立てる(30分)

セッション終了後はジョブ・クラフティングの練習課題を宿題とされ、参加者が各自で第一セッションで立てたジョブ・クラフティング計画の実行を試みる。

  • <第二セッション>
    第一セッションの2週間後に実施。
    個人のジョブ・クラフティングを振り返る(15分)
    個人の日理帰りをグループで共有し、ジョブ・クラフティング計画を修正する(30分)

ジョブ・クラフティングより効果的に向上させるためには以下のような工夫を考えても良いと思います。たとえば、プログラム参加者の職業経験が浅い場合には、ジョブ・クラフティング計画を立てる際にアイデアが出にくい場合がありますので、ジョブ・クラフティングの例を参加者に多めに提供しておくことが有効と思います。

その際、提示する例は、一般的な例ではなくより自分の職場に即した内容が望ましいと思います。自社の若手社員に実施するのであればは、中堅社員から若手社員時代に経験したジョブ・クラフティング行動を事例として収集しておくのも良いでしょう。あるいは、あるいは中堅社員数人に自らの若手社員時代のジョブ・クラフティング経験について語ってもらうといったことが考えられます。先ほどの三井住友銀行社長の国部氏は、自らの体験を入社式に語るそうですが、一つのジョブ・クラフティング介入の一つと言えるかも知れません。

また、ワークショップ形式だと、社員を業務以外で拘束してしまう、実施のための工数や費用が負担となる、一時的な効果に留まってしまうという懸念があります。そのような場合には、人事評価の項目のうち、売上等の数字以外の態度や行動に関する項目が含まれていることが多いと思いますので、そこにジョブ・クラフティングに関する項目を含めてジョブ・クラフティングに関する行動を促すといったことが考えられます。なお、認知の工夫については人事評価が難しいため、人事評価の項目に含める場合は、その他の行動ベースのジョブ・クラフティングを採用すると良いでしょう。

そもそもジョブ・クラフティング傾向のある人材を採用する

弊社でも研究している内容ですが、そもそも本人の性格がジョブ・クラフティングに影響している可能性も否定できません。したがって、そもそもジョブ・クラフティング傾向のある人材を採用するよう努めることも企業経営上有効と考えられます。

実際、Bakkerらの研究では、周囲の環境を能動的に変えていくような性格傾向とジョブ・クラフティング行動の関連性が示唆されています。したがって、たとえば、新卒採用時であれば「これまでのアルバイトや大学のゼミ、研究などでより良くするために工夫したことや周囲に働きかけた経験があれば話してください」、中途採用であれば、「これまでの業務経験で仕事のやり方や工夫について提案した経験、より成果を出すために周りの上司・同僚を巻き込んだ経験を話してください」といった質問をしたり、過去の経歴からそういった性格傾向か確認することも考えて良いと思います。

Bakker AB ,Tims M, and Derks D (2012) Proactive personality and job performance: The role of job crafting and work engagement.Human Relations: 65,10, 1359-1378

まとめ

  • 職場において、従業員のワーク・エンゲイジメントや仕事のパフォーマンスを向上するための一つの方法として、仕事を面白く、意義あるものに作り変えていくジョブ・クラフティングを促進することが考えられる。
  • ジョブ・クラフティングを促進するためにはワークショップでジョブ・クラフティング行動を促進するアクションプランを作成させることや、人事評価項目にジョブ・クラフティング行動を含めておくことが考えられる。
  • ジョブ・クラフティングは、周囲の環境に働きかけて変えていく前向きな性格傾向との関連が示唆されているため、採用時にそうした性格傾向かを確認することも、ワーク・エンゲイジメントや仕事のパフォーマンスの高い従業員を採用するための一つの方法と考えられる。

以 上

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