大学等の研究機関との共同研究のポイント

はじめに

かつては「象牙の塔」とも揶揄された大学等の研究機関ですが、最近は企業と共同研究を行うことも珍しくありません。人事・ヘルスケア領域の企業においても、大学等の研究機関と共同研究を行い研究者が有する知見やノウハウを活用してサービス開発を行いたいと考えておられる方もいらっしゃるかもしれません。

そこで、今回は民間企業が大学等の研究機関と共同研究を行う際の注意点について説明したいと思います。

共同研究に関する契約書

共同研究を行うにあたっては企業と大学等の研究機関の間で契約書を締結することになります 。共同研究がこれまで未経験の企業の場合、共同研究に関する契約書の雛形を作成する必要があります。大学等の研究機関側が契約書の雛形を有していることが多いため、そちらをベースに交渉しても良いのですが、大学の知財本部が取り決めた雛形がベースになっていることが多く、成果の取り扱いが大学側に相当有利になっていることが多いです。

また、成果のビジネス活用の観点から見ると、契約書の規定が不足している部分もあるため、今後の共同研究の際の契約書の雛形にもなりますので、一旦企業として必要な規定を盛り込んだ共同研究契約書の雛形を作成することをお薦めします。

特に、成果物の特許出願に関する部分、ライセンス料、知的財産権の帰属、成果の論文や学会発表での開示に関しては、契約書上で明確に規定することが後々の紛争の回避につながります。細かい点ですが、研究に必要な材料・試料・装置の稼働に係る費用の負担、余った試料の帰属先、研究に要した交通費や宿泊費等の経費負担等についても取り決めておくことをお薦めします。残念ながら、共同研究書にライセンス料に関する明確な規定がなかったため、共同研究の成果を活用した商品の発売後に大学等の研究機関と企業間の訴訟に至っている例も少なからず存在します。

目的・インセンティブの違い

大学等の研究機関と企業が共同研究を行う場合に理解しておくべき事項として両者の目的やインセンティブの違いがあります。

一般的に、大学の研究者のインセンティブは研究を行い、その成果を論文や書籍にまとめ公表すること、企業でなければアクセスできない装置やデータを活用して研究すること、大学院生や学部生を研究者の卵としてトレーニングすること等にあります。

一方、企業にとっては共同研究はあくまで手段であり、研究成果をビジネスに活用し利益を上げることが目的となります。大学等の研究機関との共同研究を開始した旨をプレスリリースして企業の開発力や大学等とのコネクションをPRすることも副次的な目的たり得るかもしれません。

この目的、インセンティブの違いが最も表面化しがちなのが、研究が終了して研究成果を学会発表したり論文としてまとめる段階です。大学等の研究機関の研究者にとっては学会発表や論文を書くことが究極の目的になります。

一方で、先ほど述べたように企業は研究成果をビジネス活用することが目的ですから、その内容を企業秘密やノウハウとして秘匿したいというインセンティブが働きます。研究成果の論文化にあたっては、結果の詳細を記述することが必要となりますが、企業が開示できる範囲を超えていると成果が発表できず、共同研究として破綻してします。

こういった事態を回避するために、初めて共同研究をする際には、大学の研究者にその分野の代表的な論文等を紹介してもらい、論文等においてどの程度の開示が通例なのかを把握しておくことをお薦めします。

臨床試験登録について

何らかのサービスの効果検証等を行う研究で特に人を対象として研究を行う際には、好ましい結果が出なかったからといって公表しないことはできません。当然のことながら、なるべく好ましい効果が出るようにデータ解析に手心を加えてほしいというのは研究者には一切通用しないというのは理解しておいた方が良いと思います。

この点については臨床試験登録について理解しておくのが良いと思います。

現在、医薬品に限らず、人を対象とした介入研究に関しては、その対象者、内容、実施方法、解析方法等を公開のウェブサイトに登録するという「臨床試験登録」というプロセスが必要となることが一般的です。従来は、新薬や医学的な治療法の効果検証が登録されることが多かったのですが、最近では、健康関連器具やアプリを用いた介入研究であっても臨床試験登録されることが一般的です。

臨床試験登録の代表的なサイトとしてUMIN臨床試験登録システム(UMIN-CTR)があります。ここでは、どなたでも登録されている臨床試験の内容を確認することが出来ますので、検索して頂ければと思います。大学等の研究機関以外にも市中病院や企業等による臨床試験が多く登録、公開されていることが分かると思います。さらに、医薬品以外にもアプリを用いた介入研究、身体運動プログラムのような器具を用いない介入研究も登録されていることが分かると思います。

https://www.umin.ac.jp/ctr/index-j.htm

臨床試験登録については、なぜそのようなプロセスが必要となるのか疑問に思う方がいらっしゃるかもしれません。

臨床試験登録の主要な目的は、臨床試験をはじめとする人を対象とした介入研究を実施した場合に、効果が出た結果のみ論文として公表されるという偏りを避けることにあります。

医学や行動科学分野においては、システマティックレビューやメタアナリシスという過去の同じテーマについての研究を統合して効果を算出する研究があります。システマティックレビューやメタアナリシスの結果は学会等のガイドラインの根拠とされたり現場の医師等の臨床家からは最高位に重視されるエビデンスとなります。

システマティックレビューやメタアナリシスを実施する際には過去に公表された学術論文の結果が主要な情報源として参照されることになりますので、効果が出た結果のみが学術論文として公表されていると、それらを統合したシステマティックレビューやメタアナリシスでは効果を過大に見積もってしまうことになります。

これを避けるために、臨床試験登録といって臨床試験を行う前に臨床試験の手続きそして解析方法についてあらかじめシステムに登録し公開することを行っています。臨床試験登録で実施後の解析方法まで実施前に登録されることで、実施結果を見てから良い結果が出るように恣意的な解析が出来ないようにすることもその目的となっています。なお、現在医学系の一流学術雑誌を中心に臨床試験登録を行っていることが論文掲載の必須条件となっています。

臨床試験登録では、上記サイトのように臨床試験の概要が実施前に一般に公開されますので、この部分に企業のノウハウや今後のビジネスの戦略上重要な情報が含まれてしまうこともあり得ます。そのため、人を対象とした介入研究を実施したい企業は臨床試験登録が必要となるかどうか、どの程度の記載が必要となるかを実施前に研究者に確認しておくことをお薦めします。

繁閑時期のずれ

次に繁閑の時期の違いも重要です。共同研究においては、週1回や月1回といったタイミングで定期的にミーティングを行って進捗を確認したり成果を報告することが一般的です。共同研究の進捗は大学等の研究機関と企業が足並みを揃えることが必要となりますが、特に大学と企業では繁閑の時期に差があることは認識しておいた方が良いでしょう。企業であれば年度末に繁忙のピークがある企業が多いと思いますが、大学の場合は、入学試験が開始する12月前後から繁忙期に入ることもあり得ます。 大学の学事暦と企業の繁閑にずれがあるという可能性を認識し、事前に研究者側に確認しておくことをお薦めします。

共同研究以外の選択肢を検討すべき

企業が大学等の研究機関の知見やノウハウを借りるには共同研究以外の選択肢もあり得るということはぜひ知って頂きたいと思います。

例えば、企業が研究者と顧問契約を結んで、企業のサービス開発に関して定期的にアドバイスを受けるということが考えられます。顧問契約の場合、企業として顧問契約を締結したというプレスリリースを出しPRにつなげることが可能である一方で共同研究と異なり研究成果を論文化することを合意しなければその成果を秘匿することが可能となります。

一見顧問契約は上記のように共同研究に比べてメリットが大きいように思えますが、研究者が顧問契約を締結することが制約されている研究機関が多い点はデメリットと言えるかもしれません。また、共同研究と異なり研究者としての成果にはつながらない業務に研究者の時間を割くことになりますので、研究者側に多くの時間を投じてもらうことは難しいと言えます。月1回1時間程度のアドバイスが一般的なように思います。また、共同研究に比べて顧問契約では具体的な成果を定義しないことが通例ですので、得たいノウハウや知見の明確なイメージがある場合は適当でないかもしれません。また、顧問契約においても企業と研究者間で守秘義務契約や成果が生じる場合はその取扱いを十分に盛り込んでおくことは当然重要です。

別の選択肢としては、研究者の指導する大学院生を契約社員として企業が雇用し、研究者が大学院生にアドバイスするといった方法も考えられます。この方法では大学院生を通じて間接的に研究者の知見、ノウハウを利用出来ることになります。最近では、応用に近い分野(医学、人工知能、データサイエンス、行動科学、マーケティング・計量経済学等)を中心に大学院生に学術的なスキルのみならず実務で通用するスキルも重視している研究者も多く存在することからこの選択肢も検討に値します。この方法では顧問契約に比べて時間を確保することが可能ですが、大学院生は研究することが本分ですので、自社の従業員に比べると投入できる時間は遥かに少なくなります。なお、非常に市場価値の高い分野の場合、大学院生という理由で市価よりも安く雇用することは難しい点は注意すべきです。

以上のようなそれぞれの形態のメリットやデメリットを考慮の上、目的を達成するのに最適な形態を共同研究にこだわることなく検討頂ければと思います。

以 上

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