2018年度公認心理師試験予想問題「労働基準法・労働契約法」
今回は労働基準法と労働契約法に関する予想問題を作題しました。
次の選択肢の中から最も適切なものを選択せよ。
- 労働協約は就業規則に優先し、就業規則は個別の労働契約に優先する。
- 常時10人以上(いわゆる正社員だけではなく、パートタイマーや契約社員なども含む)の労働者を雇用する使用者は就業規則を作成し都道府県の労働局に届け出る必要がある。
- 労働基準法第36条にもとづくいわゆる36(さぶろく)協定は、使用者と労働組合の間の労使協定であるため、労働組合が存在しない企業の場合には、締結することが出来ない。
- 年次有給休暇は使用者は労働者が指定した日に与える必要があり、使用者が変更することは労働者の権利侵害にあたるためいかなる場合も不可能とされている。
如何でしょうか?
公認心理師試験の出題範囲には労働基準法、労働契約法等の労働に関する法令が含まれていますが、賃金や労働時間等に関して実際に企業にアドバイスする立場の社会保険労務士の試験とは出題の観点が異なることが推測されます。おそらく、公認心理師試験では、心理職として企業の相談室や外部相談機関で勤務する場合に従業員や管理職、人事担当者からの相談を受ける際の前提となる知識に関する問題が出題されると思われます。
以下では選択肢について検討していきますが、適宜東京都産業労働局による「ポケット労働法2017」(http://www.hataraku.metro.tokyo.jp/sodan/siryo/pocket/)を参照します。現任者講習会テキストの労働法令分野の参考文献としても挙げられている資料で、非常に分かりやすい「無料」の資料です。ご一読をお勧めします。
選択肢1および選択肢2
選択肢1、2ともに企業の中での使用者と労働者の間のルールに関する知識を問うています。
労働契約は、個別の労働者と交わされる契約です(ポケット労働法10頁~を参照)。一般的には入社時に使用者と労働者が書面の契約書を交わすことが多いです。労働基準法第15条によって、使用者に対して、労働契約締結時に労働者に労働条件に関する一定の事項を明示することが義務付けられていることからこのような手続きが取られています。どこかに雇用されている人で「え?自分と会社の労働契約を見たことがない」という方はいないはずです。
(労働条件の明示)第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。(略)
就業規則については、 常時10人以上の労働者(いわゆる正社員だけではなく、パートタイマーや契約社員なども含む)を雇用している使用者は、就業規則を作成して、労働基準監督署長に届け出なければなりません。就業規則を変更したときも、労働基準監督署長への届出が必要となっています。したがって、選択肢2は「都道府県労働局に届け出」が誤りですので×です。
就業規則を作成したり変更するときには、使用者は、労働者側の意見を聴かなければならないことも覚えておきましょう。企業勤務経験のある方は、就業規則の変更時に労働組合から意見を求められたり、労働組合がない企業にお勤めの場合は、労働者代表の人から意見を聞かれた経験のある方がほとんどではないでしょうか?
最後に労働協約です(ポケット労働法21頁~22頁、92頁を参照)。これは後に触れる「労使協定」とは別物ですので誤解しないようにしてください。労働協約は、労働組合が使用者と団体交渉して定めた労働組合と使用者の間の合意事項です。労働組合がある企業に勤めている方は、労働協約の内容が、労働組合の大会で議題に上がっていたり、労働組合の執行部から団体交渉の結果決定した労働協約の内容に関する報告があったりした経験があるかもしれません。
さて、以上の3つのルール、労働契約、就業規則、労働協約の優先関係については、労働協約が就業規則に優先し、就業規則が労働契約に優先します。労働協約と就業規則の関係については労働基準法第九十二条が根拠となります。
(法令及び労働協約との関係)第九十二条 就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。○2 行政官庁は、法令又は労働協約に牴触する就業規則の変更を命ずることができる。
(就業規則違反の労働契約)第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。(略)
ちなみに、労働基準法が戦後間もなく成立した古い法律であるのに対して、労働契約法は約10年前に成立した新しい法律です。使用者と労働者の労働契約に関するトラブル、紛争を避けること等を趣旨として、それまでに裁判で確立した内容などが法律の条文として明文化されているのが特徴です。
ここまでで、選択肢①は適切な選択肢で〇であることが分かります。
選択肢3
いわゆる36(さぶろく)協定についての選択肢です(ポケット労働法57頁~を参照)。労働基準法を読んでみると意外に思うことがいくつかあります。一つは、使用者は休憩時間を除いて1週40時間、1日8時間(これを法定労働時間といいます)を超えて働かせてはならない(労働基準法第32条)という点です。「え?普通に残業しているけど労働基準法違反なの?」という反応があると思います。法律的には違反である行為ですが、労使協定を結ぶことで違反を免れているという考え方になります。
使用者が時間外労働や休日労働をさせるためには、予め、会社と労働組合(労働者の過半数が加入する労働組合が無い場合は、労働者の過半数を代表する者)とのあいだに労使協定を締結して、労働基準監督署長に届け出ておかなければなりません。労働基準法第36条にもとづくため36協定(サブロク協定など)と呼ばれています。参考までに労働基準法第36条を示します。
第三十六条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。(略)
「労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし」という規定があることからも、労働組合が無い企業でも36協定は締結可能ですので選択肢3は不適切で×です。
なお、「36協定(サブロク協定)を締結すれば青天井で残業させられるの?」という疑問があるかもしれませんが、36協定(サブロク協定など)を締結した場合でも限度時間があります。念のため。
選択肢4
選択肢4は年次有給休暇、いわゆる年休に関する選択肢です(ポケット労働法64頁~参照)。年次有給休暇については一定の要件を満たせば、法律上当然に生じる権利のため、使用者は労働者が指定した日に、年次有給休暇を与えなければなりません(労働基準法第三十九条第5項)。
したがって、年休を取得するために上司の承認は本来不要なものです。ただし、職場というのはいろんな人が連携して仕事を行っていますから、労働者が年休を自由に取得するあまり企業の経営が立ち行か成っては元も子もありませんので、法律上も「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」とされており、条件付きで使用者にも労働者の年休の取得時期を他の日に変更する権利が認められています(労働基準法第三十九条第5項ただし書)。したがって選択肢④の「いかなる場合も」が不適切のため×です。
(年次有給休暇)第三十九条 使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。(略)○5 使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
ちなみに「事業の正常な運営を妨げる場合」とはどのような場合かというと下記にような基準が示されていますが(http://www.jil.go.jp/rodoqa/01_jikan/01-Q11.html)、実際の世の中の運用としては、夏休みや年末年始などの年休取得が集中する時期には、取得時期を分散させるために、たとえば年次が上の社員から、あるいは帰省が必要な社員から優先的に有給休暇取得日を決めていく、といった運用が行われているのが現実だとは思います。
労働基準法を初めとする労働法令の学習はつまらないと思われるかもしれませんが、たとえば有給休暇に関しては対人関係上のトラブルや確執が起こりやすく、産業領域で相談業務に関わることを想像して、「上司との関係が悪いため有給休暇取得を言い出しにくいが、どうしたら良いか?」、「部署全体が忙しすぎて有給休暇が取得できない」、「同僚の一人が好き勝手に有給休暇を取得して迷惑しているがどうしたら良いか?」といった内容の相談を受けることを想定して勉強してみては如何でしょうか?
以 上
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