健康経営のためのデータ分析・AI活用5つの壁
最近人事部門や産業保健部門から、「健康経営のために社員のデータを用いて分析をしたいのでコンサルティングしてほしい」、「AIを活用して産業保健活動を強化できないか」といった内容のご依頼やご相談が増えています。
そこで、今回は健康経営のためにデータ分析やAI活用を進める上で直面することが多く、突破すべき5つの壁について共有させて頂きます。
※本原稿は弊社代表取締役社長の宮中大介が産業保健AI研究会メーリングリストに投稿した内容を改稿したものです。
①説明から予測への壁
データ分析をする目的としては大きく分けて、データの説明と、データにもとづく将来の結果の予測があります。これまでは、こと人事・産業保健分野においては「●●と△△の関係を知るために相関係数を計算」といったデータの説明を目的とした分析を行うことが大半でした。
しかし、最近では、特に統計分析・AI技術の発展に伴って、「従業員の休職/退職を予測したい」といった将来の結果の予測に対するニーズが確実に増えてきています。
データにもとづいた予測を行うには、データの説明とは違った観点からのノウハウや発想が必要となります。人事・産業保健分野において十分な知見と統計分析・AI技術に関する高い技術力を有する専門家の知恵を借りることをお勧めします。
②集団対応から個人対応への壁
弊社が人事・産業保健分野においてこれまで手がけてきた案件に限ると、「A部門とB部門の高ストレス者比率に統計的な差が有るか」といった母集団についての推測を目的とすることが多かった印象です。
しかし、最近では「分析結果から個人ごとに適切な介入を提案するための手法を教えてほしい」といった提案を求められることが多くなっています。つまり、母集団の特徴を把握するのではなく、個人ごとの特徴をデータから把握するニーズが高まっています。そのため、個人差を扱いやすい分析手法を用いて分析することが多くなっています。
特に産業保健分野において、統計分析やAIによる分析結果をもとにした個人対応をするにあたっては、結果の伝え方に注意する必要があります。
先月、Nature human behavior誌に、遺伝子検査の結果が仮にでたらめな結果であっても検査結果の方向に体力や心肺機能が変化してしまうという研究が発表されています。
https://www.nature.com/articles/s41562-018-0483-4
心理学分野においても「予言の成就」という研究が知られていることからも、アセスメント結果による精神的な影響が現実の健康度に影響してしまう可能性があります。したがって、アセスメント結果を果たしてそのまま伝えることが良いことなのか、アセスメント結果を本人に通知することによるメリットはそのリスクを上回るものなのかについて、産業保健スタッフが医療職としての専門性・倫理観をもとに慎重に検討する必要があります。
アセスメント結果を通知せずにアドバイスを通知するという方法も考えられますが、その場合のアドバイス内容についてもこれまでの研究成果を踏まえた科学的根拠にもとづいたものである必要があります。
少なくとも「予測精度が高ければ良い」といったデータ分析専門家やAI技術者に丸投げする姿勢は取るべきではないと考えます。
③人事部門と産業保健部門の連携の壁
特にメンタルヘルス分野において顕著ですが、健康に関するデータ分析をするためのデータは人事部門と産業保健部門に存在することが通常です。たとえば、役職や職種、残業時間といったデータは人事部門に存在することが通常ですし、健康診断結果やストレスチェック結果は、産業保健部門が保有することが多いデータです。
仮に残業時間や職務等の情報から休職を予測するとします。そのためには、両部門が保有するデータを結合する必要がありますが、実務上、両部門の関係が良好でないため、データを結合できないということが往々にしてあります。
人事部門と産業保健部門が良好な関係を築く方法としては、定期的な合同会議を開催する、両部門が同じ部屋で執務する、両部門で人事交流を図るといった取組が考えられますが、何よりも、「社員の健康管理という共通の目的を有する異なる専門性を有するプロフェッショナル」として互いに尊敬の念を持つことが重要です。
社員の健康管理に事業者として一義的に責任を負っているのは人事部門ですので、まずは人事部門から産業保健部門に歩み寄ることをお勧めしますが、産業保健部門としても医療職としての倫理は維持しつつも企業の事業内容や商品、勤務形態等について積極的に理解を深め、人事部門に歩み寄るることが必要と思います。
④ビジネス目標との関連性の壁
社員の健康管理を目的として、データ分析やAI技術を導入する際に、人事部門や産業保健部門での予算では足りず、経営予算、IT予算等他部門の予算も用いる必要が出てきます。その場合は、導入による人事・産業保健なメリットだけではなく、費用対効果の説明や経営目線でビジネス目標の実現につながるという理由づけが必要となります。
働く人の心身の健康がパフォーマンスにつながっていることは多くの調査・研究で示されていますので、人事部門や産業保健部門の知恵だけでなく、経営企画部門の知恵を借りて、経営目線での投資を正当化するロジックを構築することが重要です。なお、昨今「健康経営」やプレゼンティーイズムという言葉が経営層にも普及しつつある点は追い風と言えると思います。
⑤データ整備の壁
いざ統計分析やAI導入を行う際に、問題となるのが必要となるデータが整っていない問題です。
「データは21世紀の石油である」、「データは宝の山」であるという言葉が喧伝されますが、弊社のような実際に分析に従事する立場からは、「整備されていないデータは大量にあってもゴミ屑と同じ」と言えます。
よくある事例としては、既存の社内データベースが分析を意識してデータベース設計されていない、あるいは分析に必要なデータが適切な形で格納されていないために、分析可能なデータを作るまでの作業で大幅な工数が発生することです。
たとえば、社員の勤続年数別の分析をする際に、社員の勤続年数を計算する必要がありますが、データベース上の社員の入社年月日が「2019/1/23」、「20190123」、「2019-01-23」といった異なる書式で格納されている場合があり、分析の際の障害となります。
今後人事部門や産業保健部門の社員に関するデータを活用していくのであれば、少なくとも分析に用いるデータに関する入力ルール整備、入力内容の正確性の検証等のフローを構築する必要があります。
終わりに
以上健康経営のためのデータ分析における5つの壁について述べました。
最後に、弊社としては、分析のための分析ではなく、あくまで社員が健康でパフォーマンス高く働くための分析であるということをお伝えしたいと思います。当初の目標が社員のためであっても、いつの間にか分析自体、AI技術導入自体が目的化している事例を多く見かけます。
ぜひ、社員が健康でパフォーマンス高く働くための分析やAI技術であるということを忘れないようにしてい頂きたいと思います。
以 上
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