エンゲージメントの開示情報は投資に活用できるか?

上場企業に対しては、2023年3月期の決算から有価証券報告書における人的資本に関する開示が義務付けられています。女性管理職比率、男女賃金格差といった必須項目以外にも人的資本として開示が望まれる項目が示されており、リーダーシップ、育成等の項目と並んで従業員のエンゲージメントが含まれています。

現状必須項目以外の人的資本に関する情報を有価証券報告書で開示している上場企業はごく少数に留まっています。そのような中で、株式会社アドバンテッジリスクマネジメントは2023年3月期決算内で下記のように自社の従業員に対して実施した調査で測定されたワーク・エンゲイジメントの偏差値を開示しています。

現状開示されているのは直近3期分ですので、業績との関連の統計的な分析は難しい状態ですが、ここ3年で株式会社アドバンテッジリスクマネジメントの従業員のワーク・エンゲイジメントは向上しており、売上高の増加と連動しているものの、利益率や株価とは連動していないことが伺えます。

さて、これまで行われてきた学術研究に目を向けると従業員のワーク・エンゲイジメントが業績につながる可能性を示唆するものが存在します。

たとえば、Salanovaら(2005)による、ホテルのフロント担当者と、レストランの店員を対象にした研究があります。

Salanova, M., Agut, S., & Peiró, J. M. (2005). Linking organizational resources and work engagement to employee performance and customer loyalty: the mediation of service climate. The Journal of applied psychology90(6), 1217–1227. https://doi.org/10.1037/0021-9010.90.6.1217

この研究では、教育研修の充実、業務の自由度、テクノロジーといった組織の資源、組織のサービス重視志向、ワーク・エンゲイジメント、業務パフォーマンス、顧客ロイヤリティの関係を検討することを目的として、ホテルのフロント担当者、レストランの店員、ホテルとレストランの利用者を対象に研究が実施されました。

教育研修の充実、業務の自由度、テクノロジーといった組織の資源、組織のサービス重視志向、ワーク・エンゲイジメントは、ホテルのフロント担当者、レストランの店員に対するアンケート調査で評価されました。
同様に、ホテルとレストランの利用者に対しても調査が行われ、利用者はホテルのフロント担当者がレストランの店員が利用者のニーズを理解出来ているか、期待以上のサービスを提供しているか(=業務パフォーマンス)、そのレストランやホテルをまた利用したいと思うか、他人に薦めたいと思うか(=顧客ロイヤリティ)をアンケートで回答しました。

これらのホテルのフロント担当者、レストランの店員に対する調査結果と対応する利用者の調査結果を結び付けて、仮説の検証が行われました。
その結果、教育研修の充実、業務の自由度、テクノロジーといった組織の資源組織の資源が高いほど組織のサービス重視志向が高く、組織のサービス重視志向が高いほどワーク・エンゲイジメントが高いことが分かりました。

さらに、ワーク・エンゲイジメントが高い担当者や店員は利用者から見た業務パフォーマンスが高く、業務パフォーマンスが高く評価された担当者や店員に接客された利用者の顧客ロイヤリティは高いことが分かりました。また、顧客ロイヤリティが高いとサービス重視志向が高いことが分かりました。

学術研究においてはワーク・エンゲイジメントや業務パフォーマンスに関する研究は数多いものの、ワーク・エンゲイジメントや業務パフォーマンスと売上等の業績指標との関連を検討した研究は少ないのが現状です。また、従業員が自己評価で回答したワーク・エンゲイジメントと顧客が自己評価した顧客ロイヤリティのように複数の角度のデータを結び付けた研究も非常に稀であるため、今回紹介した研究は非常に意義があると言えます。

今回紹介した研究はホテルやフロント担当者とレストランの店員という直接顧客に接客対応する職種であるため、従業員のワーク・エンゲイジメントが顧客ロイヤリティに反映されやすくかった可能性はあります。実際の企業は営業部門以外の人事や総務等の直接顧客に接しないバックオフィス部門も多いため、従業員のワーク・エンゲイジメントと業績との関連は薄くなる可能性もあります。原材料の高騰やシステムトラブルといった従業員のワーク・エンゲイジメントとは直接関係ない要因でコストが上下すれば、従業員のワーク・エンゲイジメントが高まっても、企業の利益は減少するといったこともあり得ます。

今後エンゲージメントに関する情報を開示する企業が増え、長期的なデータが蓄積された段階で、上述した課題を踏まえてエンゲージメントと業績の関係が分析されれば、開示されたエンゲージメントの動きから株式投資で収益を上げるといったことが可能になるかもしれません。今後の研究が望まれます。

<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了

以 上

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