ラグビー選手のメンタルヘルス
はじめに
最近涼しくなりスポーツの 秋と言える気候になりました。
弊社では 主に働く人のメンタルヘルスに関するサービス提供、学術研究 、 情報発信を進めていますが、 今回はスポーツの秋にちなんでスポーツ選手、特にラグビー選手のメンタルヘルスに関する研究をご紹介したいと思います。
日本のラグビー選手の精神的健康のコロナ前後での比較
今回ご紹介するのは、日本のプロのラグビー選手の精神的健康を調査した下記論文です。
Ojio, Y., Matsunaga, A., Kawamura, S., Horiguchi, M., Yoshitani, G., Hatakeyama, K., … & Fujii, C. (2022). Anxiety and depressive symptoms in the new life with COVID-19: a comparative cross-sectional study in Japan rugby top league players. International Journal of Public Health, 66, 1604380.
この研究は日本のプロのラグビー選手を対象にして、コロナ前とコロナ以降の2時点のデータを収集し、精神的健康の状態を比較したことが特徴です。
コロナ前のデータは 2019年12月から2020年1月の時期に調査されたデータを用いています。 600人の選手が調査対象になり、うち 251人が回答しています。コロナ以降のデータについては 、2020年12月から2021年2月のシーズンの始まる直前に実施された調査で収集され、対象となった選手565人のうち、 220人が回答しました。
調査では K 6 という 6問で精神的健康の状態を測定する調査票が用いられています。「神経過敏に感じましたか」、「絶望的だと感じましたか」、「そわそわ、落ち着きがなく感じましたか」といった6項目に回答する形式の調査票です。各項目の選択肢は 5段階で、0~4点が割り当てられており、全 6項目の合計点によって精神的健康の状態を評価します。点数が高いほど精神的健康が悪いと解釈します。
K 6調査票:https://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/seishinhoken/documents/k6_1.pdf
K6を用いた研究では一定の閾値を用いて一定の点数以上か否かというスコアリングをすることが多いのですが、この研究でも0~4点(=Normal)、5~10点(=Mild)、10~12点(=Moderate)、 13点以上(Severe)の4段階に分けて 、それぞれの分類に含まれる人数の分布を確認しています。
コロナ以降の方が精神的健康が良好なラグビー選手の割合が多い
メインの結果は 論文内のTable 2 に示されています。
統計分析の結果、コロナ前とコロナ以降で、0~4点(=Normal)、5~10点(=Mild)、10~12点(=Moderate)、 13点以上(Severere)の4段階の分布が異なるという結果が得られました。残差分析を行った結果、コロナ以降のデータの0~4点(=Normal)の割合が期待値よりも高く、5~10点(=Mild)の割合が期待値よりも低いことが分かりました。
コロナ以降の方がラグビー選手の精神的健康が良好であったという結果は、コロナ禍によってラグビー選手も練習等に制約が出たことを考えると意外ですが、論文の著者らによれば、研究対象となったラグビー選手はチームや会社所属のため生活や給料を保証されていたために、コロナ禍でも 精神的健康が悪化しなかったのではないかと解釈しています。
ちなみに、同じ傾向が労働者全般でも見られており、ストレスチェックベンダーのセーフティネット社が公開している約48万人のストレスチェックデータの分析においては、コロナ禍初年度の2020年度の高ストレス者比率がコロナ前の2019年度に比べて低下していることが示されています。
なお、論文中でも触れられていますが、この研究ではコロナ前とコロナ以降の調査で回答者が紐づけられておらず、同じ集団を追跡している訳ではありません。対象者の一部には重複があると思われますが、コロナ前には回答したがコロナ以降に回答しなかった、逆にコロナ前の調査では回答していなかったが、コロナ以降の調査には回答したというラグビー選手もいたと思われます。コロナ前に調査したラグビー選手を追跡した研究ではないことには注意が必要です。
<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了
以 上