大企業のメンタル休職率とその課題について

はじめに

近年の人的資本開示の流れにより企業は財務指標のみならず非財務指標の開示を進めています。以前、大企業の離職率を紹介しましたが、今回は、大企業のメンタル休職の状況を紹介したいと思います。

<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了

企業の休職率はESG関連、あるいは労働安全衛生の一指標として、企業のウェブサイトやアニュアルレポートの中で公開されているものを調査しました。

指標としての休職率の問題点

休職率について検討する際には、休職率の計算式について注意する必要があります。メンタル休職率を開示している企業の採用されている休職率の計算方法としては、

当該年度におけるメンタルヘルスが原因の新規休職者数/ 従業員数

で計算されている企業が多いと思われます。ただし、表現が明確でないため、

年度末時点でメンタルヘルス不調が原因で休職している従業員数/従業員数

で計算しているとも考えられる企業も存在します。ただし、この計算式では、メンタルヘルス不調が原因で休職している従業員数が分子となり、休職者数=新規休職者数-復職者数として計算されるため、休職率が従業員の復職の速さに依存してしまいます。たとえば、新規休職者数が多い企業であっても、十分な復職管理がされず短期間で復職させられる企業では休職率が低くなります。逆に、新規休職者数が少なくても、復職準備性が高まった状態で復職させるような手厚い休復職支援の企業であればこの計算式では休職率が高くなります。

たとえばリコーITソリューションズは両方の計算式による休職率を開示しており、休業者の新規発生率=0.53%、休業率=1.16%とかなり差があります。

https://www.jrits.co.jp/about/kenko_keiei.html

別の問題点としては、休職の定義が企業によって異なる可能性があることです。1か月以上の休職を分子としている企業が多いのですが、連続4日以上、連続7日以上、連続30日で計算している企業もあったり、休職の定義が不明な企業も存在します。

さらに、細かい点では、分子の休職人数が重複をどう扱っているのかも重要です。たとえば年度内に2回休職した従業員がいた場合、2件と数えるのか、休職した従業員が1人と数えるのか、2つの可能性がありますが、企業の開示資料からは明確でないことが大半です。

こういった点を踏まえて、現状の開示資料では単純に横比較が出来ないことを留意しておく必要があります。

大企業のメンタル休職率の水準は?

各社の開示情報をもとに12社のメンタル休職率を示しました。2023年12月17日時点で入手可能な最新のデータを参照しています。数値を見ると1%前後の企業が多いことが分かります。

厚生労働省による日本全体の事業所を対象とした休職率のデータを見ると、過去 1 年間に連続1か月以上休業した労働者の割合、つまり新規休職者割合は全業種で0.4%となっています。

平成28年度労働衛生調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/h28-46-50_kekka-gaiyo01.pdf

この数値だけを見ると、大企業の方がメンタルヘルス状況が悪いという結論になりそうですが、要注意です。大企業の方が休復職体制が整っており、メンタルヘルス不調の従業員が休職しやすいため休職率が高くなっている可能性があります。実際に、先に挙げた厚生労働省の労働衛生調査による結果でも大企業が多いと思われる「金融業、保険業」、「電気・ガス・熱供給・水道業」の休職率が高くなっています。

大企業の中には、休職期間中の傷病手当金に付加金が出て、さらに労働組合から見舞金が支払われる企業もあり、1年間半は休職前の給料がほぼ満額支払われながら休職が可能な企業もあります。一方で、日本企業の多くを占める中小企業においてはそういった制度がないために、休職期間中は傷病手当金のみが支払われて収入が減少することになります。また、中小企業の多くでは職場の人数が少ないため復職しづらく、メンタルヘルス不調者がそのまま退職を選んでしまうということもあるかもしれません。

終わりに

今回の調査では、傷病による休職率を開示していない企業が非常に多く、メンタルヘルス不調による休職に限定して休職率を開示している企業も非常に限定的でした。また計算式が明示されていない、計算式の分子となる休職者の定義が不明確な企業も多く存在しました。そのため、企業のメンタルヘルスの状況を横比較する指標としては現状のメンタル休職率は実用的ではないと思います。

以 上

弊社が開発した休職、退職による経済損失シミュレーターはこちら。

休職率の開示元

日立製作所 

https://www.hitachi.co.jp/sustainability/download/pdf/ja_sustainability2023_26.pdf

日本電気

https://jpn.nec.com/sustainability/ja/social/safety_and_health.html

東芝産業機械

https://www.toshiba-tips.co.jp/outline/sustainability/safety.html

明電舎

https://meidensha.disclosure.site/ja/themes/141

インテック

https://www.intec.co.jp/company/csr/images/healthcare03.pdf

旭化成

https://www.asahi-kasei.com/jp/sustainability/social/workplace/

富士通JAPAN

https://www.fujitsu.com/jp/group/fjj/about/health/

ヤマハ発動機

https://global.yamaha-motor.com/jp/profile/csr/stakeholder/employee/

川崎重工業

https://www.khi.co.jp/sustainability/society/health.html

リコーITソリューションズ

https://www.jrits.co.jp/about/kenko_keiei.html

神戸製鋼所

https://www.kobelco.co.jp/sustainability/health_management.html

住友重機工業

https://www.shi.co.jp/csr/employee/health/index.html

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