EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界のSWOT分析①

はじめに

今回は SWOT分析を用いて EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界を分析してみたいと思います。SWOT分析とは、企業の競争力を、強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)の4象限で分析する方法です。通常は企業を分析する手法ですが、ここではEAP・法人向けメンタルヘルスケア業界全体を対象に分析することにします。なお、EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界とは、法人向けにカウンセリング(相談窓口)、ストレスチェック、メンタルヘルス研修を提供している企業を指すものとします。

 強み(Strength)

実施義務が有ったり実施が推奨されているサービスを提供

EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界の強みの一つは法的に実施が義務付けられていたり、行政によって推奨されているサービスを提供していることです。特にストレスチェックは 労働安全衛生法により年に1回以上の実施が義務付けられています。 そのためストレスチェックサービスの需要は法律が改正され義務がなくなることがない限り存続します。カウンセリングサービスやメンタルヘルス研修についても、厚生労働省が企業に対して「労働者の心の健康の保持増進のための指針」等によりメンタルヘルス対策への取り組みを推奨していることが大きな追い風となっています。https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000153859.pdf

 カウンセリングサービスが資金繰り面で有利

2つ目の強みはカウンセリングサービスが資金繰り面で有利である点です。EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界が提供するカウンセリングサービスは一部従量制の料金形態を採用している企業もありますが、大部分は年間契約で企業の従業員数に一定の単価をかけて年間の利用料が決まる固定料金制となっています。この年間のサービス利用料はサービス提供開始前に前払いされることが一般的です。 通常の業務委託契約であれば業務完了後に請求し一定期間後に入金があるのに対して、カウンセリングサービスの場合は サービスを提供する前に年間契約分の現金が得られることになります。したがって他業種であれば従業員のボーナス支払い月のように本来借り入れを必要とする場面であっても借り入れすることなく資金需要に対応することが出来ます。弁護士や税理士といった顧問ビジネスは年間契約と言う意味では類似していますが毎月後払いの料金支払いが中心です。EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界のカウンセリングサービスは資金繰り面では他業界では例を見ない有利なビジネスと言えます。 

 弱み(Weakness)

小規模企業が多い

EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界の弱みの一つは大規模企業が少ないということです。EAP・法人向けメンタルヘルスケア業界での上場企業は、2024年4月22日時点で、アドバンテッジリスクマネジメント社(https://www.armg.jp/)とメンタルヘルステクノロジー社(https://mh-tec.co.jp/)の2社のみです。 それ以外の企業は 従業員数が100名未満の企業が多く存在します。小規模企業のため小回りが利くという面はありますが、投資を必要とするデジタル化への対応を考えると弱みとなっている面もあります。また、上場企業の方が社会的信用もあり採用面では有利であることを考えると、非上場企業かつ小規模企業の多いEAP・法人向けメンタルヘルスケアでは人材採用面で不利である面は否めません。カウンセラーに関しては職域でカウンセリング経験を積める場がEAP・法人向けメンタルヘルスケア業界を除いてほぼ存在しないことから採用面での不利と言うことはないと考えられますが、営業職、システム開発、人事、経理といった専門職の採用では不利と言えます。

サービスが差別化しづらい

EAP・法人向けメンタルヘルスケアではサービスの独自性が出しづらいのも弱みと言えます。ストレスチェックサービスについては実施方法が労働安全衛生法、労働安全衛生規則及び指針、マニュアル等によって細かく規定されており、職業性ストレス簡易調査票という57問の調査票が事実上のスタンダードとなっており、差別化の余地がほとんど残されていません。

カウンセリングサービスについても、対応時間帯、休祝日対応、外国語対応の有無といった外形的な面、担当するカウンセラーのスキル、サービスの効果といった品質面について各社で差があるはずですが、残念ながら外部から見る限りでは各社の違いが分かりづらくなっています。少なくともサービスを導入する企業の立場からすると、各社が似たようなカウンセリングサービスを提供するように見えてしまっているのが現状と言えます。

メンタルヘルス研修についても、従業員に対するセルフケア研修、管理職向けのラインケア研修が定番となっており、人材開発、組織開発系の研修と比べて差別化の余地が小さいのが現状です。

ここまでEAP・法人向けメンタルヘルスケア業界をSWOT分析し、強みと弱みついて解説しました。機会と脅威については別稿で解説したいと思います。

<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了

以 上

Follow me!