根拠に基づく人事施策の第一歩はストレスチェックデータの活用から

はじめに

ここ数年、「人的資本経営」という言葉が普及しています。人的資本経営を簡単に言えば、人件費や福利厚生費をコストではなく従業員に対する投資として認識して企業の競争力を高めていくことと言えます。現在各社において人的資本経営が模索されていますが、その中で重視され始めているのが、人事施策が従業員の生産性や健康向上につながっているかを示す、いわば「根拠に基づく人事施策」を求める動きです。

「根拠に基づく人事施策」を求める動きが生まれる背景には、人事部門の施策がこれまで総じて全従業員に一律で、根拠なく実施されてきたことがあると思います。もちろん人事部門では労務管理を中心として法令や規則に基づいて実施する業務が多いため画一的な対応とならざるを得ないことは否めませんが、それ以外のいわば「自由演技部分」においても画一的な対応であったり、なぜその施策なのかの説明が不十分であったことがあるように思います。

「根拠に基づく人事施策」の第一歩はストレスレスチェックデータの活用から

「根拠に基づく人事施策」の第一歩として手をつけるべきは、ストレスチェックデータの分析とそれにもとづくメンタルヘルス対策を挙げることが出来ます。

ストレスチェックは50名以上の事業場に対して法令で年に1回の定期的な実施が義務付けられていること、設問には学術的根拠があり※、メンタルヘルス対策を実施する上での豊かな情報源のはずですが、現状ではストレスチェックの分析結果がメンタルヘルス対策の立案に直結している企業は珍しい印象です。

※たとえば、日本の労働者のデータを用いた研究においてもストレスチェックで高ストレスに該当した労働者がその後休職しやすいことが示されています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/joh/60/1/60_17-0161-OA/_pdf/-char/ja

ストレスチェックデータの分析のポイント

ストレスチェックデータに限らずデータ分析する上で確認が必要なのは分析の目的です。目的がはっきりしていなければいたずらに時間を浪費することになりがちです。ストレスチェックデータの分析をするにあたっては、自社の従業員のメンタルヘルス不調の原因を把握してメンタルヘルス不調者を減らすことを目的に据えて分析を進める必要があります。

高ストレス者の多い属性を特定

分析の第一ステップはストレスチェックの結果が悪い属性を高ストレス者をKPIとして整理します。

まず年代や勤続年数、本社・支店、職階別に高ストレス者比率を求め、高ストレス者比率の高い年代や勤続年数を探ります。年代別の分析を実施する場合、10歳代刻みで分析することが多いと思いますが、大卒以上の社員が原則の企業で新入社員がメンタルヘルス不調になることが多い企業では、「25歳未満」、「26歳~30歳」といった形で20歳代を細かく分析することをお勧めします。

中途社員の多い企業であれば、新卒・中途入社の入社区分と勤続年数での組み合わせで分析することをお勧めします。たとえば、「新卒かつ勤続3年目未満」、「新卒かつ勤続3年目以上」、「中途かつ勤続3年目未満」、「中途かつ勤続3年以上」といった形で高ストレス者比率を分析します。仮に、「中途かつ勤続3年目未満」の高ストレス者比率が高いという結果が出た場合、中途入社社員の受け入れ態勢の見直し、中途入社社員の採用基準の見直しといった点で検討していくことが考えられます。

その他の分析の軸としてお勧めするのは、職階での分析です。自社の職階に応じて「役職無し」、「主任」、「係長・課長補佐」、「課長・部長」、「嘱託」と職階ごとに高ストレス者比率を算出して検討します。一般に役職が上がると高ストレス者比率が低くなることが多いのですが、係長・課長補佐のように管理職一歩手前で最も高ストレス者比率が高くなるという企業も多くあります。

企業によっては本社に企画、人事、経理といった管理部門が存在し、支店に営業機能が存在し、工場では技術職と現業職が存在するといった働き方の異なる事業場を抱える企業もあると思います。その場合は、本社、支店、工場といった区分ごとに上記の年代や職階での分析を実施することが重要です。

高ストレスの原因を特定

第二ステップでは、第一ステップで判明した高ストレス者比率の高い属性において高ストレス者比率とストレスチェックで把握出来るストレスの原因(仕事の量的負担、仕事の裁量度、職場での対人関係等)と高ストレス者比率の関係を検討します。

たとえば、20歳代で高ストレス者比率が高かった場合は、20歳代の高ストレス者と非高ストレス者のストレス要因を比較します。仕事の量的負担、仕事の裁量度、職場での対人関係といったストレス要因の得点を高ストレス者と非高ストレス者で比較します。比較にあたっては対応のないt検定のような統計手法を用いると良いでしょう。仮に、20歳代で特に高ストレス者の方が非高ストレス者よりも悪いストレス要因が分かった場合、そのストレス要因がメンタルヘルス不調につながっている可能性があります。

さらに、30歳代、40歳代、50歳代以上に分けて高ストレス者と非高ストレス者のストレス要因を比較し、20歳代の結果とも比較します。そうすることで20歳代特有のストレス要因が浮かび上がってくることになります。

たとえば、20歳代では高ストレス者は「働き甲斐」が悪いが「仕事の量的負担」には差がなく、30歳代以降の高ストレス者は「仕事の量的負担」が悪いが、「働き甲斐」には差がないという結果が出た場合、たとえば成長欲求の高い社員を採用しているにも関わらず若手社員のメンタルヘルス不調を恐れるあまり過保護になっている、20歳代の分の仕事を30歳代が抱えているといった事象が生じている可能性があるかもしれません。

対策の立案に向けて

メンタルヘルス対策を立案するにあたっては、ストレスチェックデータのみならず、残業時間、休職者率等のデータも裏付けとすることが重要です。20歳代で仕事の量的負担ではなく仕事のやりがいがメンタルヘルス不調につながっているとストレスチェックで分かった場合には、実際に20歳代で残業時間が少ない結果になっているか確認します。

加えて、現場の管理職のヒアリング、匿名アンケート等を実施して実態を把握することをお勧めします。その際にはこれまで得られたストレスチェックや残業時間の分析から検証したい仮説を絞り、回答者負担の少ないヒアリングやアンケートとすることが重要です。匿名アンケートにおいては選択肢式のみならず自由記述方式で実情を把握することをお勧めします。

ストレスチェックデータ、残業時間のような勤怠情報、現場の管理職のヒアリング、匿名アンケート等の根拠を踏まえて、「成長欲求の高い社員を採用しているにも関わらず若手社員のメンタルヘルス不調を恐れるあまり過保護になっている」という仮説が検証されたのであれば、その結果を部門長会議の際に伝えて若手社員への仕事の与え方を修正してもらう、管理職研修の際に自社の若手社員の傾向として伝えるといったことが考えられます。

以 上

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