カスタマーハラスメント実態調査のススメ
はじめに
昨今カスタマーハラスメントがメディアで取り上げられることが増え、企業や自治体、学校等においてもカスタマーハラスメント対策を開始することが増えました。弊社は代表の宮中が日本カスタマーハラスメント対応協会の顧問を務めている関係で対策の進め方を相談されることがありますが、下記の福岡県の事例を参考に紹介しています。
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/customer-harassment.html
福岡県では、カスタマーハラスメントの定義を行い、それにもとづいてカスタマーハラスメントの実態調査を実施しています。その後実態調査の結果からカスタマーハラスメントの態様ごとの件数、態様の分類を行い、それにもとづいて対策マニュアル整備等の態勢構築を実施しています。弊社においても同様の、①カスタマーハラスメントの定義、②実態調査、③態勢構築の流れを推奨しています。
カスタマーハラスメント実態調査の設計
カスタマーハラスメントの実態調査を行うには「あなたは過去1年間に顧客または利用者からの下記の行為を経験したことがありますか?」という質問文を用意し、「身体的な攻撃 (暴行、傷害)」、「精神的な攻撃 (脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)」、「威圧的な言動」といったカスタマーハラスメントの具体的な例を表す設問に「経験したことがある」、「経験したことがない」で回答してもらう方式とします。併せて、回答者の性別、年代、所属部署、職種等の情報を回答してもらうと分析がしやすくなります。
なお、自組織でカスタマーハラスメント対応方針としてカスタマーハラスメントの態様を記載している場合はそちらに準拠して設問を作成します。たとえば、JALグループとANAグループは航空業界向けに若干カスタマイズした表現でカスタマ―ハラスメントの態様を示しています。https://press.jal.co.jp/ja/release/202406/008157.html
結果の集計
以上のように設問を作成してアンケート調査を実施するとカスタマ―ハラスメントの具体例を問う設問に「経験したことがある」または「経験したことがない」と回答したデータが得られます。この集計を事業部門別、職種別に行うことで、自社で多いカスタマ―ハラスメントの特徴を把握して対策を講じることが可能となります。
カスタマーハラスメント態様の分類
このような実態調査データに統計的手法を適用して自社のカスタマーハラスメントをいくつかのクラスター(グループ)に分類することも可能です。クラスターに分類する方法はいろいろありますが、たとえば、潜在クラス分析という手法があります。
潜在クラス分析はアンケートの回答者が回答傾向の異なるいくつかのクラスターに一定の確率で所属していると考えます。潜在クラス分析を適用する際にはクラスター数を決定する必要があるので統計的な基準やクラスターの特徴をもとに決定します。仮にクラスター数が2と決定すると、回答者の2つのクラスターそれぞれへの所属確率を求めることができます。
回答者が所属する確率が最も高いクラスターに所属していると考えると、回答者を2つのクラスターに分類することができます。回答者をクラスターに分類できれば、クラスターごとのカスタマーハラスメントの経験割合、性別や所属部署といった回答者の属性項目の割合を算出し、クラスターの特徴を解釈します。
今回のA社例では、クラスター①は、正当な理由のない商品交換、金銭補償、謝罪の要求 (土下座を除く)、威圧的な言動、不合理又は過剰なサービスの提供の要求といった態様が多いことが特徴です。顧客からのクレームがエスカレートしてカスタマーハラスメントに発展する事案が多いと考えられるため、クラスター①を「クレーム発展型」と解釈して、「クレーム発展型」に所属する回答者の多かった部署において改めてクレーム対応マニュアルを見直すことにしました。
一方のクラスター②については「差別的な言動」、「性的な言動」が多く、女性での経験者が圧倒的に多いのが特徴だったため「セクハラ型」と解釈しました。顧客のクレームの内容以前にいかなる事情があっても許される行為ではありませんので、店舗内のポスターで従業員に対する差別的な言動や性的な言動に対してはしかるべき措置を取る等の警告をすることとする、顧客等に周知することとしました。併せて「セクハラ型」の経験した回答者の多かった部署では、女性一人でクレーム対応させないといったマニュアルの改訂を実施しました。
終わりに
カスタマーハラスメントには様々なタイプが存在します。自社でカスタマーハラスメント対策を実施するにあたって、あらゆるタイプのカスタマーハラスメントを想定する全方位作戦で臨んだ場合、現場の従業員にとっては負担が大きく結局中途半端に終わってしまうということが懸念されます。今回解説したように自社でどのようなタイプのカスタマーハラスメントが多いのかを実態調査にもとづき把握し、その結果にもとづいてメリハリのあるカスタマーハラスメント対策を講じることが求められます。
<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了
以 上