ストレスチェック制度の義務化対象拡大とその影響について
はじめに
去る10月10日に厚生労働省にて開催された「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」にて中間とりまとめ案が公表され、現在実施が努力義務とされている50名未満の事業場にもストレスチェックの実施を義務とする方向性が打ち出されました。今回はこの中間とりまとめ案についてその内容や影響について述べたいと思います。
中間取りまとめ案の概要
中間取りまとめ案の概要は以下の通りです。
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001314987.pdf
- 50名未満の事業場に対してストレスチェックの実施を義務づける
- 50名未満の事業場に適した実施マニュアル等を整備する
- 義務化にあたっては十分な準備期間を設定する
- 現在50名以上の事業場に求められている労働基準監督署への実施報告は課さない
- 50名未満の事業場での実施にあたっては地域産業保健センター等が支援出来る態勢を整える
- 現在努力義務とされている集団分析及び職場環境改善については実施率等の現状に鑑み義務化は時期尚早であり、好事例の共有など普及、啓発を進めていくべき。
今後、厚生労働省内の労働政策審議会においてストレスチェック義務化対象の拡大に関して議論されることになりますが、労働政策審議会では検討会の議論の方向性に沿った議論がされることが通例のため、その後労働安全衛生法の改正案※として来年以降の国会に提出される見込みです。
※元々厚生労働省がストレスチェック制度を検討した際には事業場規模関係なく義務化する予定でしたが、国会提出時に50名未満の事業場には産業医の選任義務がない等のリソース不足が懸念されたため、労働安全衛生法の附則として追加された経緯があります。今回はこの附則を削除するという内容の法案になることが予想されます。
(心理的な負担の程度を把握するための検査等に関する特例)
第四条第十三条第一項の事業場以外の事業場についての第六十六条の十の規定の適用については、当分の間、同条第一項中「行わなければ」とあるのは、「行うよう努めなければ」とする。
労働安全衛生法労働安全衛生法附則
EAP、ストレスチェックベンダーへのインパクトは?
上記の中間とりまとめが公表され新聞等によって報道されて以降、大手EAPのアドバンテッジリスクマネジメント社の株価は50円程度上昇していますが、ストレスチェック義務化が決定した2013年12月~1月の3倍程度の急上昇は見られず小幅な上昇に留まっています。
投資家目線では義務化ほどEAPやストレスチェックベンダーに対する影響がないという見方ですが、弊社も同様の見解です。経済産業省による経済センサスを参考にすると、50名未満の事業所で勤務する従業者数は約3000万人です。確かに仮に1000円/人×3000万人とすると300億円、500円/人×3000万人とすると150億円の新規市場ですが、現実にはEAPや大手ストレスチェックベンダーには影響が大きくないと考えています。
第一に大手企業においては50名未満の事業場においても 公平性の観点からすでにストレスチェックが実施されているということがあります。したがって、大手企業からストレスチェック実施を受託するEAPや大手ストレスチェックベンダーのストレスチェックの売上には50名未満の事業場に属する従業員に相当する部分が含まれていると考えられ、既存顧客の対象人数が大幅に増加するということは考えづらいと考えられます。
第二に、第一の理由と関連しますが、今回の新たに義務化の対象となるのは50名以上の事業場を持たないいわゆる 中小企業が対象になると思われます。仮に単価2000円/人としても、50名で10万円であり、大手~中堅企業を中心顧客とするEAPや大手ストレスチェックベンダーでは採算が合わないと考えられます。
中間とりまとめで指摘されている事項でもありますが、小規模事業場では、プライバシー保護等の理由から集団分析の実施や職場環境改善が難しく、EAPや大手ストレスチェックベンダーは集団分析や職場環境改善にノウハウを持っていることが多く、集団分析や職場環境改善での売上が見込みづらいことも、既存のEAPや大手ストレスチェックベンダーの50名未満の事業場マーケットへの参入に二の足を踏ませることになるでしょう。
一方で、中小企業サイドとしては、1000円/人であっても新規で費用が発生することは非常に負担感を感じるところであり、実施に補助金等の相当のインセンティブがなければ、1000円/人以上の価格は受け入れらないのが現実と思われます。現行のストレスチェック制度においては実施について罰則がありませんが、労働基準監督署への実施報告の提出義務が実施の強力なインセンティブとなっています。しかし、50名未満の事業場には労働基準監督署への実施報告が義務づけられない方向性であり、義務化後以降も50名未満の事業場のみの中小企業では実施が低調にとどまる可能性があります。
あり得る今後のシナリオ
弊社では50名未満の事業場への実施義務化後のマーケットの動きを下記のように考えています。
50名未満の公的機関、学校、医療機関等限られた業種で積極的に実施されそれ以外では徐々に実施増加
公的機関であれば法令遵守が基本であり、これまでは努力義務として実施していなかった小規模の公的機関においては義務化後に実施することになるでしょう。また、学校、医療機関、士業事務所等は公的機関ではありませんが比較的財務体力があること、従業員の発言力も強いこと、採用面のメリット等から、義務化後に実施する組織が多くなるでしょう。
逆に、上記のような業種以外の業種では、労働基準監督署の立ち入り検査時に指導を受ける、人材採用・定着面で実施しないことのデメリットを感じるといったことをきっかけに徐々に実施率が上昇することになるでしょう。
健診機関が地場の中小企業から委託を受けて実施することが多数を占める可能性
現在でも健康診断を請け負う健診機関が健康診断とセットで紙媒体でストレスチェックを実施しています。健康診断と比較するとストレスチェックの価格は安価であるため、新たに義務化対象とされた中小企業企業においては現状既に負担している健康診断費用に数千円の金額が追加された形で健診機関に委託して実施することが多いのではないかと見ています。
<執筆者紹介>
宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了。
以 上