【知ってるつもり?】わずか9文字でストレスチェックの新規市場が誕生する!ストレスチェック制度50名未満事業場への拡大の法的構造
<執筆者紹介>
宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了。
はじめに
現在、国会においてストレスチェックの実施対象を現状の50名以上の事業場から全事業場に適用を拡大する法案の審議が進んでいます。しかし、労働安全衛生法でのストレスチェックはやや複雑な構造をしているため、「実際に法律の改正案がどのような文言で書かれているのか」を理解している人は少ないと思われます。そこで今回はストレスチェックの実施対象を現状の50名以上の事業場から全事業場に適用を拡大する法案の構造を解説してみます。
ストレスチェック制度は法律上どのように定められているか
まず前提として現在のストレスチェック制度が労働安全衛生法でどのように定められているかを理解する必要があります。
ストレスチェック制度は労働安全衛生法の第六十六条の十に定められています。「心理的な負担の程度を把握するための検査」というのがストレスチェック制度の法律上の名称です。
(心理的な負担の程度を把握するための検査等)
労働安全衛生法
第六十六条の十 事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者(以下この条において「医師等」という。)による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない。
2 事業者は、前項の規定により行う検査を受けた労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、当該検査を行つた医師等から当該検査の結果が通知されるようにしなければならない。この場合において、当該医師等は、あらかじめ当該検査を受けた労働者の同意を得ないで、当該労働者の検査の結果を事業者に提供してはならない。
(以下略)
実は50名未満の事業場での実施が当面の間努力義務とされているのは附則に下記のような定められています。
附則
労働安全衛生法附則
(心理的な負担の程度を把握するための検査等に関する特例)
第四条 第十三条第一項の事業場以外の事業場についての第六十六条の十の規定の適用については、当分の間、同条第一項中「行わなければ」とあるのは、「行うよう努めなければ」とする。
なお、「第十三条第一項の事業場以外の事業場」が何かを知るためには労働安全衛生法の第十三条を見る必要があります。
(産業医等)
労働安全衛生法
第十三条 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。
上記の条文ではさらに事業場の規模が政令(労働安全衛生法施行令)を参照しているので、労働安全衛生法施行令第五条を見る必要があります。ここまで読むと、ストレスチェック制度が50名以上の事業場以外はストレスチェックに実施が努力義務とされていることが分かります。
(産業医を選任すべき事業場)
労働安全衛生法施行令
第五条 法第十三条第一項の政令で定める規模の事業場は、常時五十人以上の労働者を使用する事業場とする。
ストレスチェック制度を50名未満の事業場にも適用する改正の法律案
今回の国会に提出されている労働安全衛生法の改正案では上記の不足を削除するという法律案となっています。「附則第四条を削る。」とだけ書かれているため、ここまで述べた労働安全衛生法の法的構造を理解しなければ、この「附則第四条を削る。」という条文案からストレスチェック制度の実施義務が50名未満の事業場も含めて全事業場に拡大されたということが理解出来ません。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21709057.htm
労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律案
附則第四条を削る。
なお、上記の改正案の施行期日は「公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日」と定められており、おそらく2028年4月1日となることが予想されます。
附 則
(施行期日)
第一条 この法律は、令和八年四月一日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
(略)
六 第二条中労働安全衛生法附則第四条を削る改正規定 公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日
終わりに
経済産業省による経済センサスを参考にすると、50名未満の事業所で勤務する従業者数は約3000万人です。ストレスチェック価格を仮に1000円/人とすると、1000円/人×3000万人とすると300億円、仮に500円/人とすると×500円/人×3000万人とすると150億円の新規市場となります。
現実にはさまざまな理由から上記のような市場規模になるのは難しいと思われますが(https://better-options.jp/2024/10/15/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%AF%E5%88%B6%E5%BA%A6%E3%81%AE%E7%BE%A9%E5%8B%99%E5%8C%96%E5%AF%BE%E8%B1%A1%E6%8B%A1%E5%A4%A7%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BD%B1/)、このような市場が「附則第四条を削る。」という句読点含むわずか9文字で誕生するのは法律の力が大きいと感じざるを得ません。
以 上