カスタマーハラスメント対策の基本と実践的な線引きの考え方

<執筆者>
宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会理事、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了。

はじめに

現在、多くの企業では、カスタマーハラスメント対策として基本方針を定めたうえで対応マニュアルを作成したり、既存のマニュアルを見直したりしています。この対策において最も問題となるのが、何をカスタマーハラスメントと見なすか、何をそうでないとするかという線引きの問題です。


■ カスタマーハラスメントの定義を再確認

厚生労働省の『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』では、カスタマーハラスメントに該当する行為として、以下のようなものが整理されています。

<要求の内容に関するもの>

  • 顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合
  • 企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
  • 要求内容が企業の提供する商品・サービスとは関係がない場合

<要求の手段・態様に関するもの>

  • 要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な場合
    • 身体的攻撃(暴行・傷害など)
    • 精神的攻撃(脅迫・中傷・名誉毀損など)
    • 威圧的な言動
    • 土下座の要求 など

このように、要求内容が妥当でない場合や、手段・態様が社会通念上不相当な場合は、カスタマーハラスメントに該当すると判断され、適切な措置を講じることが求められます。

たとえば、「これはカスタマーハラスメントに該当する行為である」と顧客に対して明確に警告したうえで、それでも行為が収まらない場合には、以下のような措置をマニュアルに明記しておく必要があります:

  • 対応の打ち切り
  • サービスの提供終了
  • 警察への通報 など

■ グレーゾーンへの対応

一方で、カスタマーハラスメントかどうかの判断が分かれるグレーゾーンも多く存在します。

たとえば、威圧的な言動について、「強い口調で商品の不具合を指摘された場合」に、これをカスタマーハラスメントとみなすかどうかには、解釈の余地があります。実際に対策を開始した企業側からは、「本来ならカスタマーハラスメントとまではいえない場面で、従業員が安易に“ハラスメントだ”と認定してしまうのは困る」といった懸念も聞かれます。

このようなケースでは、従業員に対する研修を通じて、判断の基準や共通認識を揃えていくことが有効です。

たとえば、医療や高額商品の販売など、顧客の期待値が非常に高い業種においては、ある程度強い口調になるのはやむを得ないという認識を共有し、その旨を対応マニュアルに盛り込んでておくことで、不用意なカスタマーハラスメント認定を防ぐことができます。

もちろん、「バカ」「アホ」など人格を否定する表現は、従業員の就業環境を著しく害するものであり、明確にカスタマーハラスメントと認定することを従業員にも周知し対応マニュアルに盛り込んでおくことが望まれます。


■ マニュアル整備は終わりではない

ここまで述べてきたように、カスタマーハラスメント対策は、既存のマニュアルを参考にして「それっぽい方針」を作成するだけで終わるものではありません。

むしろ、対応マニュアルの作成プロセスこそが重要です。

  • 「自社が提供している価値は何か?」
  • 「顧客が抱く期待値はどこにあるのか?」

こうした観点をふまえながら、従業員の参画のもとで、どこからがカスタマーハラスメントなのかという線引きを丁寧に行っていく必要があります。

仮に、その線引きがこれまでの認識と異なる場合——たとえば、「現場ではハラスメントとまでは思われていなかった行為も、今後はカスタマーハラスメントと認定する」という方針変更を行う場合には、その理由を丁寧に説明し、新たな価値観を従業員に“インストール”していくプロセスが不可欠です。

以 上

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