2018年度公認心理師試験の産業・心理統計分野の解答例と講評

さる9月9日に2018年度(第一回)公認心理師試験が実施されました。諸団体によって模範解答が示されつつありますが、弊社におきましても、守備範囲である産業・心理統計分野の解答例と講評を示させて頂きます。

問28 産業保健体制

正解は④です。

安全配慮義務、ストレスチェック制度の趣旨、産業医の選任義務、過労死等防止対策推進法の過労死の定義について理解していれば正答可能です。過労死等防止対策推進法の条文を目にしたことがない方も、選択肢⑤の過労死等の定義に自殺が含まれていないことや、「等」がついていないことから、選択肢の定義が不十分だと推測できたと思います。

問29 労働者の心の健康の保持増進のための指針

正解は③です。指針のポイントを理解していれば正答できる問題です。

問37 ワーク・ライフ・バランス憲章

正解は②です。
仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章に目を通していないと正答が難しい問題です。
同憲章は、法令ではなく憲章のため、眼を通していた受験生は少なく正答率の低い設問となるでしょう。

問39 障害者の雇用の促進等に関する法律

正解は④です。

本問に回答するには、障害者の雇用の促進等に関する法律にもとづく、合理的配慮指針や障害者差別禁止指針といった指針レベルでの知識が必要になります。しかし、選択肢④のいわゆるアファーマティブアクションに該当する行為が法令上禁止されることは常識的に有り得ないと考えて、正解を導くことが出来る問題です。

問41 重回帰分析

正解は②です。重相関係数の定義を理解していれば容易に正答できる問題ですが、説明変数、基準変数という表現になじみのない方は選択肢③と迷う問題だったかもしれません。「相関係数は2変数の関連の強さを表す指標。重回帰分析では、説明変数が複数あるので、説明変数と予測値の相関係数とはおかしい」と気づけば正答にたどり着けると思います。

説明変数は独立変数、基準変数は従属変数とも呼ばれることもあります。調査研究では説明変数、基準変数、実験研究では独立変数、従属変数区別して使い分ける流儀もありますが、心理統計の書籍においては、どちらかといえば少数派であることを考えると、両方の呼称を問題文に併記すべきだったと言えます。心理統計の第一人者の東大の南風原教授も両者の区別の有用性は認めつつも、書籍においては独立変数、従属変数を一貫して用いています。

問43 発達心理学での研究手法

発達心理学分野に含まれる問題と考えることも出来ますが、一応回答します。正解は④です。
いずれも発達心理学分野では有名な実験手法ですので、発達心理学を基礎から学ばれた方には平易な問題と言えます。誤答となる残りの選択肢は、誤答の根拠を非常にうまく盛り込んでおり、正確に理解している人は正答し、そうでない人は誤答す良問と言えます。

問49 ヒューマンエラー

正解は③です。①は、ラプス、②はスリップ、④はミステイクに分類されるエラーです。弊社の2018年度公認心理師試験対策最終確認問題で、ヒューマンエラーに関する問題を出題しておりましたので、それに関連して復習した方は容易だったと思います。

問81 研究倫理

正解は④です。ディセプション、デブリーフィング、インフォームド・コンセントといった基本用語の内容について理解していれば平易な問題です。

問83 観察法

正解は③です。各方法の内容を理解しておけば容易に正答可能な問題です。

問100 ワークモチベーション

正解は③です。Taylorの科学的管理法に対して、ホーソン研究を契機に人間関係を重視する人間関係学派が生まれたという産業・組織心理学研究の系譜を理解していれば正答出来ます。

問111 リーダーシップ

正解は⑤です。⑤は、変革型リーダーシップではなく、PM理論のP機能の説明です。
ちなみに、変革型リーダーシップは、簡単には、構成員を外部環境に目を向けさせ、変化の必要性を実感させ、将来のビジョンを描いて変革型行動を実践するリーダー行動と言えます。 選択肢③のオーセンティック・リーダーシップとともに比較的近年提唱された概念であり、知っている受験生はかなり少数派だったと思われます。

問112 労働者の心の健康の保持増進のための指針

正解は②です。職場環境の評価及び改善の手法は、管理監督者がラインケアを行うために、管理監督者に対して提供されるべき内容です。

問113 統計的仮説検定

正解は①です。帰無仮説が真である時に、帰無仮説を誤って棄却してしまう確率=有意水準=第一種の誤りを犯す確率です。仮説検定の基礎的事項を理解していれば容易な問題です。

問130 職場復帰支援

適切なものを2つ選択する問題で正解は①と④です。問題文では明示されていませんが、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が解答の根拠となります。 また、「事業者が」という主語を正確に理解することが重要です。

②については、手引きにおいて「主治医の判断に加えて職場で必要とされる業務遂行能力の内容等について、産業医等が精査した上で採るべき対応について判断し、意見を述べること」が求められていますので不適切です。

③については、手引きにおいて「職場復帰が可能と判断された場合には、職場復帰支援プランを作成する」ことが求められていますので不適切です。

⑤については、手引きにおいて事業場内産業保健スタッフ等がフォローアップを行うことが求められていますので不適切です。事業者の役割とはされていません。

問135 ストレスチェック制度

正しいものを2つ選択する問題で、正解は②と④です。なお、選択肢②については、正確には「所定の研修を受けることにより」を追加しなければ正しい文章とはなりません。

①はストレスチェックの受検義務はありません。
③は全ての事業場で義務ではなく50名未満の事業場では努力義務です。
⑤は、事業者に面接指導を申し出ることが出来るのは、高ストレス者であって実施者が認めた労働者です。したがって、面接指導を申し出た労働者が高ストレス者であることは事業者が当然把握することになります。なお、労働者が面接指導を申し出やすくするために、ストレスチェックの結果そのものは事業者に知らせずに面接指導を実施することは可能です。

問136 実験計画法

最も適切なものを選択する問題で、正解は②です。参加申し込み順に実験群と統制群に割り当てた場合、「参加申し込みが早い参加者(=実験群)は意欲が高かったためテストの成績が良い」といった交絡変数(剰余変数)の影響を否定できない点がこの実験計画の致命的な点です。

選択肢③の方法によって、学習前ー学習後のテストの成績の差を実験群と統制群で比較して差があったとしても、上記の交絡変数(剰余変数)の影響を否定できません。選択肢④の従来型学習法と新しい学習法を両方実施する方法でも同様です。また、従来型学習法と新しい学習法がお互いに影響してしまう可能性があります。

問150 実験計画法

正しいものを選択する問題ですが、正解は②です。

問題文からは、実験計画が参加者内要因なのか参加者間要因なのか、複数回測定されるのかが分からない点で問題設定として不十分と言えます。出題者の意図を忖度して、参加者内要因1要因計画、複数回測定と考えると、実験条件である矢羽根の角度の呈示順序が錯視量に影響する可能性がありますので、呈示順序のランダム化によって順序効果を統制すると考え、選択肢②を選択します。

①については、標準刺激の位置を左に固定すると、標準刺激の位置が錯視量に影響したという指摘に反論できません。標準刺激の位置も左右でカウンターバランスするかランダム化することが適切と考えられます。ただし、「標準刺激の位置の錯視量への影響を統制するため、「標準刺激の位置が左の場合に限定して矢羽根の角度と錯視量の関係を検討する」という研究仮説の範囲を限定する考え方は成り立ちます。問題文から研究仮説は、「矢羽根の角度と錯視量の関係」を検討することなので、誤答としましたが、誤答の選択肢としてはやや不適切な選択肢です。

③と④に関しては、「矢羽根の角度によってランダムに変化」という部分が不適切です。ランダムというのはでたらめにという意味ですので、矢羽根の角度に影響を受けるのはランダムと言えません。

問題に関する講評と来年度試験に向けての示唆

<心理統計・研究法>
仮説検定、重回帰分析、観察法といった基本事項から出題されています。心理統計については、出題基準に含まれる基礎的な統計用語、統計手法を理解することが対策となると思われます。また、研究法分野では、実験計画法のように、具体的な事例に即して回答する問題が出題されていますので、丸暗記ではなく手続きの意味を理解することが対策として重要と思われます。

<産業・労働>
ワークライフバランスやヒューマンエラーを含む非常に幅広い分野からの出題となった上、障害者の雇用の促進等に関する法律の指針レベルの内容、心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引きに関する内容、労働者の心の健康の保持増進に関する指針の内容について問われました。広さと深さがともに求められた内容と言えます。出題基準に含まれる法律、指針については厚生労働省からパンフレット等の解説文書が出ていることが通常ですので、それらを参考にして理解を深めることが対策となるでしょう。また、今年度出題のなかった労働三法にも注意が必要です。

<その他全般>
心理学全般についての広く正確な知識と、保健医療、福祉、教育、司法・犯罪、産業・労働の制度に関する正確な知識が問われた試験だったと思います。
心理学知識については、用語、人名、心理療法の特徴、検査法の名称とその内容、理論の名称と提唱者等を正確に理解、記憶しておくことが必要です。各分野の制度に関しては、条文の穴埋め問題は出題されませんでしたが、法律での定義、手続き、権限とその主体を問う問題が多く出題されており、出題基準に含まれる制度について、表にする等整理して記憶することが重要と考えられます。

公認心理師試験は、事例問題も含めて実は国語力が問われた試験でもあったと思います。「Aの場合にはBする」、「AするためにBする」、「AすることでBする」といった構造の選択肢が多く、A、Bそれぞれは内容として正しいが、AとBの論理関係が間違っていることが誤答の根拠となっている問題、「すべて」「必ず」「のみ」が誤答の根拠となっている問題が散見されました。また、事例問題では、特定の障害とその典型的な対応を想定してほしいという出題者の意図が見え隠れする問題が多くみられました。「試験は出題者とのキャッチボール」とよく言われますが、出題者の意図をくみ取ることが試験対策上は重要だと感じました。

今年度は事例問題を中心に模範解答が分かれる問題が一定程度存在したため、来年度はおそらくより客観的な誤答の根拠を選択肢に潜り込ませたり、限定条件を付すために問題文や選択肢が長くなることが予想されます。公認心理師試験に限りませんが、問題文と選択肢をしっかり読んで理解するといった対応が必要と思います。

また、今回の出題委員の中にテスト理論が専門の九州大の中村教授が含まれていますので、今回の試験結果を分析して、出題傾向や回答方式に何らかの改善が実施される可能性もあります。今年度の出題傾向に過度に影響されることなく、「広く正確に」キーワードに対策することが必要と思います。

2018年度試験を受けての弊社対応方針について

2018年度の出題内容については、弊社の予想問題やEラーニング講座、セミナー内容で扱った内容と類似した内容が出題されており、講座の内容・構成としては継続する方針です。ただし、Eラーニング内容については難易度が高いというご意見を一部の受講者より頂きましたので、教材内容をより分かりやすく改善致します。

2018年度は、Eラーニング講座は心理統計・研究法をメインとし、産業・労働分野は法令を中心に重点分野をカバーしました。2019年度は、Eラーニング講座においても、産業・組織心理等のその他産業労働分野の出題基準をカバーし、「心理統計・研究法・産業・労働講座」としてバージョンアップしたEラーニング講座を提供致します。また、幅広い分野について正確な知識の記憶が求められる試験に対応するため、「心理統計・研究法・産業・労働講座」以外の分野を含む形で、各領域の知識を判定するための実力アセスメント、より本番に即した予想問題を提供する方針で準備を進めております。

以 上

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