改めて「エンゲージメント」とは何か?
はじめに
近年「エンゲージメント」という言葉が非常に流行しています。Googleトレンドの直近5年間の検索トレンドを米国での検索結果と比較すると、日本における「エンゲージメント」の検索数の増加が顕著であることが分かります。
さて、この「エンゲージメント」という言葉に関しては、その定義が曖昧なまま使用されているのが特徴と言えます。そこで、今回は「エンゲージメント」という概念について改めて考えてみたいと思います。
そもそも「エンゲージメント」とは?
現在、さまざまな調査会社やコンサルティング会社によってエンゲージメントに関する調査やコンサルティングが提供されています。その中の1社であるウィリス・タワーズワトソン社による定義を見てみましょう。同社によれば、エンゲージメントは「従業員のエンゲージメント(自社に対する誇りや帰属意識、戦略・目標に対する支持、自発的な取り組み意欲など)」として定義されています。
https://www.willistowerswatson.com/ja-JP/Insights/2017/11/HCB-NL-November-Ichikawa
簡単に言えば、従業員エンゲージメントは組織に対する誇りや帰属意識等、組織との結びつきの強さを表していると言えます。
これに対して、日本国内においては、「ワーク・エンゲージメント」という言葉が非常に流行しています。厚生労働省による令和元年度版の「労働経済白書」においてもワーク・エンゲージメントが特集されるなど人事界隈で非常にホットな概念となっています。
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/19/dl/19-1-2-3.pdf
ワーク・エンゲージメントの提唱者であるSchaufeli氏は「ワーク・エンゲイジメン トは,仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり,活力,熱意,没頭によって特徴づけられる。 エンゲイジメントは,特定の対象,出来事,個人,行動などに向けられた一時的な状態ではなく,仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」と定義しています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/stresskagakukenkyu/25/0/25_0_1/_pdf
ワーク・エンゲージメントを簡単に言えば、仕事に向けられた仕事との結びつきの強さを表す概念と言えます。
現状では、以上で述べた従業員エンゲージメントとワーク・エンゲージメントの両方が「エンゲージメント」という言葉で区別されることなく流通している印象があります。
仕事に対する結びつきを感じている人は組織に対する結びつきをを感じている人が多いと思いますが、中には仕事は好きだが、組織が好きでない人も存在すると考えられます。あるいは逆に仕事は嫌いだが組織は好きだという場合もあり得ます。つまり、仕事に対する結びつきである「ワーク・エンゲージメント」と組織に対する結びつきを表す「従業員エンゲージメント」が必ずしも一致しない場合もあり得るということです。
「エンゲージメント」と離職との関係
ここで、従業員エンゲージメントとワーク・エンゲイジメントの違いが問題になる点として、離職との関係を取り上げたいと思います。冒頭で述べたように、日本国内においてエンゲージメントという言葉が人口に膾炙している背景の1つには、採用難による人材のリテンション(引き止め)があると考えられます。つまり、企業がエンゲージメントを高めることにより従業員の離職を減らしたいという意図があることが推察されます。
従業員エンゲージメントは、退職率との直線的な関係が想定されています。たとえば、リンクアンドモチベーション社は、エンゲージメントスコアと退職率との間に直線的な関係が見られるかを検証し、両者の間に、エンゲージメントスコアが高い組織ほど退職率が低いという直線的な関係が見られることを明らかにしています。
https://www.motivation-cloud.com/news/22600
一方、ワーク・エンゲージメントに関しては、離職の関係が必ずしも直線関係ではないことを示唆する報告もあります。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ijop.12131
上記の研究では、ワーク・エンゲージメントと離職意思(辞めたいと思う気持ちの強さ)の関係を検討しています。結果としては、ワーク・エンゲージメントが高い人ほど離職意思が低いという関係性が見られているのですが、一定以上ワーク・エンゲージメントが高い人と極めて高い人を比較すると離職意思の差はそれほどないことが示されています。論文の著者らは、極めてワークエンゲージメントの高い人は組織に対しても求めるものが多くなる結果、離職意思が低くなりづらいのではないかと考察しています。
以上を踏まえると、組織で調査している「エンゲージメント」が組織との結びつきを表す概念なのか仕事との結びつきを表す概念なのかによって、エンゲージメントが高い従業員のリテンション(引き止め)の対応が変わってくる可能性があると言えます。
例えば、従業員エンゲージメントを調査している場合であれば、離職防止のためには従業員エンゲージメントが低い組織を気にすれば良いことになります。ところが、自社がワーク・エンゲージメントを調査している場合には、ワーク・エンゲージメントの低い組織に注意することに加えて、ワーク・エンゲージメントの高い従業員に対して自社が十分に待遇で報いられているか、ワーク・エンゲージメントの高い従業員が不満に感じていることはないかに注意することが必要だと考えられます。
終わりに
今回は、近年流行している「エンゲージメント」について、その代表例と考えられる従業員エンゲージメントとワーク・エンゲイジメントを取り上げました。
自社で調査している「エンゲージメント」が一体何を指しているのか、特に仕事との結びつきを意味しているのか、組織との結びつきを意味しているのか、あるいは仕事と組織との結びつきの両方を含んだ概念なのかを確認することが、離職防止等の調査の目的を達成するためには重要であると言えます。
以 上