「ジョブ型雇用」でワーク・エンゲイジメントはどうなるか
ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用
ここ数年「ジョブ型雇用」という言葉が注目を集めています。マーサージャーパンによる「ジョブ型雇用はやわかり」によれば、ジョブ型雇用は下記のように定義されています。
従業員は特定のジョブの履行を、企業はジョブの内容に見合った適正な対価を支払うことを約束する一連の雇用システム
マーサージャパン編著「ジョブ型雇用はやわかり」 日本経済出版 15頁
ジョブは企業内での様々な業務の集合体と考えて良いと思います。人事部の採用担当者であれば、要員計画の立案と管理、採用説明会実施、人材会社との連携、エントリーシートの受付、採用面談の実施、採用広告出稿、内定者フォロー、新入社員オリエンテーション等々の業務が一塊のジョブとして定義されることになります。
ジョブ型雇用を理解するためには、ジョブ型雇用と対照的に用いられるメンバーシップ型雇用と対比させた方が分かりやすいと思います。
「メンバーシップ型雇用」とはいわゆる「就職」よりも「就社」に近い日本社会で一般的とされる雇用の在り方です。就職する時には会社と労働契約を結びますが、その際に自分がどの業務を担当するかということは取り決めをせず、就職後に主に人事部による指示によって様々な仕事をすることになります。
メンバーシップ型雇用は、太平洋戦争の戦うための総力戦態勢の構築に端を発し、日本の戦後間もない頃の激しい労働争議を受けた労働者保護の動きから形成された労働慣行と言われています。メンバーシップ型雇用では不況期や構造転換によって特定のジョブが不要となった場合にも、企業は従業員の雇用を最大限守るために、職種や部署転換を実施するのが特徴的です。
一方でジョブ型の場合は、就職時に従業員と企業で従業員がどのような業務に従事し、どのように評価されるのかを合意するのが前提となります。メンバーシップ型雇用では雇用形態が同じであれば給与テーブルも全社員共通なのに対して、ジョブ型雇用の場合はジョブによって給与テーブルが異なるということは稀ではありません。
メンバーシップ型雇用では社内での勤続を通じて上位の職に昇進していきますが、ジョブ型の場合は社内の全てのジョブに、必要なスキル、業務経験が職務記述書という形で明確化されているため、ジョブに空きが出た場合に、本人がそれを満していれば本人がそのジョブに応募するという形になります。ジョブ型雇用の場合には、ジョブに対して必要な人材を社外から採用することも一般的なので、社内のみならず社外の人材とジョブを争うことになります。
近年ジョブ型雇用の採用が声高に叫ばれる背景には、厳しさを増すグローバルな競争環境の中で従業員の生産性を上げていく事が一つにあると言われています。それに加えてデジタル人材のような高度スキルを持った人材を特別な待遇で採用するためにもジョブ型雇用が必要と言われています。
ジョブ型雇用の導入はワーク・エンゲイジメントの向上につながるのか?
ここからは、 ジョブ型雇用の導入が生産性と深い結びつきがあるワークエンゲージメントの向上につながるのかを考えてみたいと思います。
これまでの研究により、ワークエンゲージメントの先行要因(原因)は明らかになっています。ワーク・エンゲイジメントの先行要因となるのは仕事の要求度と資源として整理されています。「仕事の要求度」は主に仕事の量的な負担や感情的な負担を指します。一方、資源には個人に紐付く「個人の資源」と仕事や職場に紐づく「仕事の資源」があると言われています。
これまでの研究ではワーク・エンゲイジメントに対しては、仕事の要求度よりも個人の資源と仕事の資源の影響が大きいとされています。個人の資源には本人の性格であったり本人の持ってる心理的資本のようなものが含まれています。例えば、心理的資本に含まれる自己効力感や楽観性が高い人材はワーク・エンゲイジメントが高いことが知られています。
一方で仕事の資源には、仕事の裁量度、仕事の意義、あるいは上司からの支援や同僚からの支援といったものが含まれています。これらの仕事の資源が良好な場合には従業員のワーク・エンゲイジメントも高いことが知られています。
ジョブ型雇用を導入した場合にワーク・エンゲイジメントがどうなるのかは、上記の個人の資源と仕事の資源にどのような影響が出るのかを考えれば良いことになります。
ジョブ型雇用の個人の資源への影響
個人の資源についてはジョブ型雇用の導入により、ジョブに応募した人材の個人の資源、例えば心理的資本を重視して採用すれば、ワーク・エンゲイジメントの高い人材を採用できることになります。しかし、メンバーシップ型雇用でも採用時に個人の資源を重視した採用を実施することで、そういった人材を得ることできますので、ジョブ型雇用だから個人の資源が高まるとは言えません。つまり、個人の資源が高まるようにジョブ型雇用を導入、運営しなければワーク・エンゲイジメントの向上にはつながらないと言えます。
ジョブ型雇用の仕事の資源への影響
続いて仕事の資源へのジョブ型雇用の導入がもたらす影響について考えてみたいと思います。
仕事の資源については、職務記述書で社内のジョブの定義や期待値、評価基準を明確にして、その仕事に就きたい人を採用することが可能になると考えられますので、その意味で仕事の資源に含まれている仕事の意義をより理解している社員が増える可能性があります。また、仕事の期待値が明確に示されることで、ミスマッチが減り、仕事の資源に含まれる仕事の適正感を感じる社員も増える可能性があります。
一方、上司の支援については、ジョブ型雇用が一概にプラスになると言えないかもしれません。上司の支援は、上司と相談しやすいとか上司に悩みの相談乗ってもらえるということです。メンバーシップ型雇用においては現場の管理職は部下の評価や推薦はしますが最終的な異動、配属、給与の決定は人事部でなされることが通常です。一方で、ジョブ型雇用においては、従業員の評価や報酬の決定権が従来の人事部門から現場の管理職に移ることが想定されています。これは現場の裁量で必要な人材を確保し、育成していくためには望ましいことですが、従業員が管理職に自分の弱みやうまくいってないことを正直に話しづらいということが出てくるかもしれません。 こうなってしまうと、上司の支援はジョブ型雇用によって低下してしまう可能性があります。
同僚の支援についても、ジョブ型雇用の運用次第では損なわれてしまう可能性があります。職務記述書により各自の仕事内容が明確化されることは良いことですが、それによって業務のタコツボ化が進んでしまって、同僚の仕事に無関心になってしまうと、同僚同士の情報交換や支援が減ってしまう可能性があります。
ジョブ型雇用では現状のジョブの上級職が社内に空きがない場合には転職によりキャリアアップを図ったり、中途入社の社員をいきなり社内のジョブに割り当てることも多くなりますが、社員の入れ替わりが激しくなることによって、従業員同士の連帯感が希薄になり、同じ社員だからということで、気軽に相談したり相談に乗ったりすることが減ってしまうかもしれません。
終わりに
これまで述べたような上司や同僚の支援がジョブ型雇用によって低下する事態を避けるためには、例えばメンター制度のように直接人事権や評価権を持っていない先輩社員が相談に乗る制度を設けることが考えられます。ただし、ジョブ型雇用を原型通り導入してしまうと、「同じ釜の飯を食った仲間」という社員同士の感覚は相当薄いものになることが想定され、社員間のつながりや助け合いを維持するためには相当な工夫が必要と言えます。
ジョブ型雇用を導入することが声高に唱えられる背景には先述の通り生産性の向上が含まれています。しかし、今回見たように、ジョブ型雇用を適切に導入し、運用しなければ社員のワーク・エンゲイメントが下がってしまう可能性もあります。「ジョブ型雇用」の導入はあくまで手段であり、手段を目的化せず、社員のワーク・エンゲイジメントを上げるためには果たしてジョブ型雇用の導入が必要なのか、どのようにジョブ型雇用を導入し運用すれば、社員のワーク・エンゲイジメントが上がるのかを検討することが今まさに求められているのではないでしょうか。
<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了
以 上