離職予防の科学④

はじめに

「離職予防の科学③」では、大企業の離職率は創業年数が短い企業ほど高い傾向にあることが伺えました。同時に企業全体の離職率では年代別の傾向が捉えられないことも述べました。一般に勤続年数が長くなると離職しづらくなるため中高年の多い企業では、企業全体の離職率が低くなりがちです。たとえば入社数年後の若手社員が希望を持てずに離職していても、企業全体の離職率からは伺えません。そこで、これから就職する学生が参考にしたり、人事部門が自社の採用や育成が上手行っているのかのKPIとすべきは、新卒入社社員の入社3年目までの離職率です。

新卒入社社員の入社3年離職率

企業全体の離職率は、ESGの潮流もあり多くの企業が開示していますが、新卒入社社員の離職率の開示は少数企業に留まっています。

そこで、今回は下記企業の開示資料を参考に新卒入社社員の離職率について概観してみたいと思います。なお、各社の直近年度の離職率を用い、単体、グループ別に開示されている場合は単体、男女別に開示されている場合は企業全体の離職率を用いました。

エーザイ株式会社:

https://www.eisai.co.jp/sustainability/esg_data/data/index.html

大成建設株式会社:

https://www.taisei-sx.jp/esg_guide_line/esg/

株式会社伊藤園:

https://www.itoen.co.jp/sustainability/performance/

小野薬品工業株式会社:https://sustainability.ono-pharma.com/ja/themes/113

日本電気株式会社:https://jpn.nec.com/sustainability/ja/guidelines/data.html

そもそも、離職率はどのように計算されるのかも確認すべきポイントです。離職率は一般に※

3年前に入社した社員のうち離職した社員数/3年前に入社した社員数

で求められます。企業によっては入社3年後定着率(在籍率)という指標を用いている場合もあります。

これは、一般に※

3年前に入社した社員のうち在籍している社員数/3年前に入社した社員数

で求められます。

3年前に入社した社員のうち在籍している社員数

=3年前に入社した社員-3年前に入社した社員のうち離職した社員数

ですから、

入社3年後定着率

=3年前に入社した社員のうち在籍している社員数/3年前に入社した社員数

=(3年前に入社した社員-3年前に入社した社員のうち離職した社員数)/3年前に入社した社員数

=1-入社3年離職率

の関係性があります。

今回取り上げた企業では離職率と定着率を用いている企業が混在しているため、入社3年後定着率を入社3年離職率に換算して比較します。

※「一般に」と付けているのは、企業の開示資料に計算式が説明されていないことが大半のためです。

各社の入社3年離職率

さて、実際に企業の離職率を見てみる企業によって入社3年離職率に大きな差があることが分かります。エーザイでは入社3年で退職する社員は100人に3名程度であるのに対して、伊藤園では入社した社員の4人に1人以上が3年目までに退職していることになります。

各社開示資料をもとに㈱ベターオプションズ作成

また、5社について直近3年の離職率の推移を見てみます。

各社開示資料をもとに㈱ベターオプションズ作成

これを見ると日本電気、エーザイ以外は離職率が上昇傾向にあり、エーザイではここ数年で急激に入社3年離職率が低下していることが分かります。

エーザイの在籍率開示は充実している

今回取り上げた5社のうちエーザイは、新卒入社社員の在籍率に関して最も詳細な情報を開示しており、各年度の全体、男女別に入社3年、入社5年、入社10年の在籍率を示しています。そこで、同社の男女別の入社3年、入社5年、入社10年の在籍率を2019年と2022年で比較してみます。なお、エーザイについては、定着率の定義を下記のように注釈で示しており、好感が持てます。

翌年度4月1日時点の在籍率を表しています(例:2019年度の新卒採用社員3年後在籍率は、2017年度の新卒採用社員の2020年4月1日在籍率を示しています)。

㈱エーザイの開示資料をもとに㈱ベターオプションズ作成

まず、2019年度も2022年度も男性の方が女性よりも在籍率が高いことが分かります。ただし、3年目までは差が小さく、5年目、10年目で差が拡大しているため、30歳前後で経験する結婚や出産といった女性ならではの要因が入社後の在籍率の低下につながっている可能性が伺えます。同社においては女性の新入社員が結婚や出産を経ても働き続けられるような工夫が課題と言えるでしょう。

2019年度と2022年度を比較すると2022年度の3年目在籍率が2019年度よりも高く、ここ数年で在籍率が向上したことが伺えます。5年在籍率では、男女ともに2019年度の方が高い結果です。10年在籍率では女性は差が小さいですが、男性では2019年度が2022年度を上回っています。このことから、ここ数年で入社5年~10年目程度の若手社員の退職につながるような事象が発生した可能性が伺えます。エーザイは2018年10月に早期退職者を募集しているため、これに影響を受けた若手社員で退職した社員が相応に存在した可能性があります。

https://www.eisai.co.jp/news/2018/news201891.html

終わりに

今回見たように、入社3年離職率からは様々な情報を得ることが出来ました。新卒入社社員の入社3年離職率、あるいは定着率を開示している企業はまだま少数に留まりますが、人的資本開示の観点から開示する企業が増加することも望まれます。

「開示はまだ早いかな」と思っている企業においても、少なくとも自社内において計算しその推移を把握しておくことは重要です。入社3年間は新卒入社社員にとっては教育期間であり、企業にとっては人材投資期間です。その期間中の社員の離職率が高いということは、企業の人的資本投資が無駄に終わっていることを意味します。ここ数年で入社3年離職率が上昇傾向にある企業は、人手不足を懸念するあまり志望度や自社との適合度の低い学生を採用していないか、若手社員の傾向を把握して現場での人材育成が実施出来ているか等を点検することをお勧めします。

<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了

以 上

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