職場のパワーハラスメントの防止措置が義務化

 職場のパワーハラスメントの防止措置を事業主に義務付ける通称「パワハラ防止法案」が2019年度の通常国会で成立しました。施行は2020年4月(中小企業は猶予措置あり)が予定されています。

「パワハラ防止法案」の中核部分は、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(以下、労働施策総合推進法)の第三十条の二に定められています。

第三十条の二 事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

 条文を読むと、職場のパワーハラスメントの要件として、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であること業務上必要かつ相当な範囲を超えていること、の2点が含まれていることが分かります。

 第二項には、労働者が職場のパワーハラスメントに関する相談を行ったことや、相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由とする解雇等の不利益取り扱いが禁じられています。

2 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益
な取扱いをしてはならない。

第三項には、事業主が講じるべき措置の具体的な内容は、指針に定めるとされています。

3 厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(以下この条において「指針」という。)を定めるものとする。

 職場のパワーハラスメントに関する具体的な内容を定める指針については、今後厚生労働省内の検討会において検討される予定ですが、すでに公表されている「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」(https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11910000-Koyoukankyoukintoukyoku-Koyoukikaikintouka/0000201236.pdf)の内容を踏襲したものになることが予想されます。

 たとえば、同報告書において、職場のパワーハラスメントの6つの類型が以下のように整理されていることから、指針にも盛り込まれることが予想されます。

ⅰ 暴行・傷害(身体的な攻撃)
ⅱ 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)
ⅲ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)
ⅳ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)
ⅴ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)
ⅵ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)

 職場のパワーハラスメントに関する事業主が講じるべき措置等の内容についても、指針において具体的な内容が定められると予想されますが、すでに法制化されているセクシュアルハラスメントに対する防止措置が参考になります。

 セクシュアルハラスメントの防止措置については、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(男女雇用機会均等法)に基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」において、大まかに以下のような内容が事業主に求められています。

  1. セクシュアルハラスメントがあってはならないという方針の明確化及び周知・啓発
  2. セクシュアルハラスメントに関する対処方針と対処の内容の就業規則等における明文化
  3. セクシュアルハラスメントに関する相談窓口等の相談に応じる体制の整備
  4. セクシュアルハラスメント事案が発生した場合の対処方法

 上記を参考にすると、職場のパワーハラスメントの防止に関する指針においても、下記のような措置が求められることが予想されます。

  1. 職場のパワーハラスメントがあってはならないという方針の明確化及び周知・啓発
  2. 職場のパワーハラスメントに関する対処方針と対処の内容の就業規則等における明文化
  3. 職場のパワーハラスメントに関する相談窓口等の相談に応じる体制の整備
  4. 職場のパワーハラスメント事案が発生した場合の対処方法

 このうち、 一点目の「職場のパワーハラスメントがあってはならないという方針の明確化、及び周知・啓発」が実務上もっとも難しい点と考えられます。というのは、職場のパワーハラスメントの要件のうち、「業務上必要かつ相当な範囲を超えていること」の判断が定型的に行いづらいためです。

先に引用した「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会報告書」においても、

何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあると考えられるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましい

と言及されており、各企業・職場での検討、認識の統一が望まれています。

 既に法制化されているセクシュアルハラスメント防止に関しては、多くの企業において、人事部門が企画した研修や周知啓発資料によって、上意下達、トップダウン型の方法で、管理職や一般従業員に周知されてきたのが実情です。

 しかし、職場のパワーハラスメントの防止に関しては、先述したように、「業務上必要かつ相当な範囲」が企業内でも部門によって異なることも考えられるため、従来通りの人事部門からのトップダウン型の方法では、現場の混乱を招いてしまったり、従業員が委縮してしまい必要な指導が行われなくなるといった懸念があります。

 たとえば、営業部門において、目標を達成出来なかった従業員を、部門長が毎週のように、毎週の朝礼の際に他の従業員の面前で叱責するというのは、朝礼以外の個別面談等で業務改善のための指導が可能なことから考えると、パワーハラスメントに該当する恐れがあります。一方で、危険な建設現場において、安全手順を守らない従業員に対しては、他の従業員の面前であっても、上司や同僚が都度、強い調子で叱責するというのは、当該従業員の安全を確保するという目的に照らすと、必ずしもパワーハラスメントに該当しない可能性があります。

 このような場合に、人事部門が前者の場合のみを想定して「従業員を他の従業員の面前で頻繁に叱責することはパワーハラスメントに該当する」といった整理をしてしまうと、後者において事故を招いてしまう可能性もあります。

 「自社あるいは自部門ではどういう行為がパワーハラスメントに該当するのか?」といった点について、人事部門が法律や指針の内容を現場に伝えつつ、現場においても「何がパワーハラスメントに該当するか」について改めて検討してもらい、最後に人事部門が会社としての平仄を合わせるといった、人事部門と現場のキャッチボールによって、「職場のパワーハラスメントがあってはならないという方針の明確化、及び周知・啓発」を進めていくことが理想的です。少なくとも、「厚生労働省から公表される周知資料を社内イントラネットに掲示すれば良い」、「研修講師に防止のための研修を委託すれば良い」と安直に考えるのだけは避けることをお勧めします。

 

以 上

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