エンゲージメント向上対策を進める時の落とし穴①
はじめに
ここ数年「エンゲージメント」がバズワードとなっており、上場企業に対しては、2023年3月期決算から有価証券報告書において人的資本開示の一貫として従業員エンゲージメントの開示が推奨されるなど、企業経営においても認知度が向上しています。現状では有価証券報告書に自社の従業員エンゲージメント」の状況を開示している上場企業はごく一部に留まっていますが、社内で何らかの「エンゲージメント」を含むサーベイを実施していている企業は多いと思います。しかし、多くの企業において エンゲージメントサーベイの実施による自社の「エンゲージメント」の把握にとどまり、エンゲージメント向上まで踏み込めている企業は少ない印象です。そこで、今回は、エンゲージメント向上に手を付けられない、あるいはエンゲージメント向上がうまく行かない理由について考えてみたいと思います。
エンゲージメント向上の目的が不明確
まず最初に考えられるのは エンゲージメント向上の目的がきちんと明確に定められていないということです。「エンゲージメント」を高めるということはあくまで 経営目標のための手段の一つでしかありません 「エンゲージメント」を高めることにより、 従業員がパフォーマンスが向上することにより企業の業績を向上させたいのか、あるいは従業員の企業に対する帰属意識を向上させることで従業員の退職を減らしたいのか、エンゲージメント向上の目的を明確にすることが重要です。それによって、エンゲージメントサーベイの結果を受けて組織としてどのようなアクションを取るのかがより明確になります。
確立した 「エンゲージメント」の定義はない
実は、「エンゲージメント」の定義は明確に決まっている訳ではなく、組織によって定義が若干異なっているのが実情です。組織によっては仕事にいきいきと熱意を持って没頭するという「ワーク・エンゲイジメント」に近いものとして「エンゲージメント」を捉えている組織もあります。一方で、「組織のために貢献したいと思う気持ち」、「組織と一体感を感じて組織に結び付いている」という「組織コミットメント」に近いものとして捉えている組織もあります。さらに、「仕事に打ち込み、組織のために貢献したい思う気持ち」のように「ワーク・エンゲイジメント」と「組織コミットメント」の両方の要素を持つ概念として「エンゲージメント」を定義している組織もあります。
「エンゲージメントの先」にある概念を決めれば「エンゲージメント」が定義できる
これまでに蓄積されて学術研究の知見を参照すると、「ワーク・エンゲイジメント」は仕事のパフォーマンスや業績と関連が強く、「組織コミットメント」は組織での残留と関連が強いことが分かっているので、「エンゲージメント」向上の目的、つまり「エンゲージメント」を高めると何が改善するのかを明確にすることで、組織として「エンゲージメント」をどう定義すれば良いかが明確になります。 例えば、組織として仕事のパフォーマンスを重視する場合には「エンゲージメント」を「ワーク・エンゲイジメント」に近いものとして定義すれば良いことになりますし、従業員の 退職予防を防止することを優先するのであれば 、「組織コミットメント」に近いものとして定義すれば良いでしょう。
エンゲージメントサーベイには「エンゲージメント」と関連の強い項目を含める
以上のように、「エンゲージメント」向上の目的が明確にできれば、「エンゲージメント」の定義を与えることができます。さらに、これに加えて必要なのが、エンゲージメントサーベイサーベイに「エンゲージメント」と関連の強い要因を含めることです。多くの組織において実施されているエンゲージメントサーベイは、上述したように「エンゲージメント」の定義が明確でなかったり、学術的な根拠を持たないことから、「エンゲージメント」と関連の強い項目、言い換えれば、エンゲージメントサーベイの結果をもとに改善することで「エンゲージメント」が向上することが期待される項目が含まれていないことが多いです。
上述したように「エンゲージメント」は「ワーク・エンゲイジメント」や「組織コミットメント」といった学術的な概念を参考に定義することができます。「ワーク・エンゲイジメント」、「組織コミットメント」に関してはどのような要因が原因となっているのかが学術研究で明らかになっていますので、そういった知見を参考にして、根拠をもってエンゲージメントサーベイに「エンゲージメント」の要因となる項目を含めるのがポイントです。
まとめ
まとめると下記の図のようになります。
まず、①エンゲージメント向上の目的を決めます。次に、①の目的に即して「エンゲージメント」を定義します(=②)。最後に、②のエンゲージメントの定義にもとづいて、「エンゲージメント」と関連の強い要因を選定しエンゲージメントサーベイに含めます(=③)。図の①、②、③の順で作業を進めるのがポイントです。
<執筆者紹介>宮中 大介。はたらく人の健康づくりの研究者、株式会社ベターオプションズ代表取締役。行動科学とデータサイエンスを活用した人事・健康経営コンサルティング、メンタルヘルス関連サービスの開発支援に従事。大学にてワーク・エンゲイジメント、ウェルビーイングに関する研究教育にも携わっている。MPH(公衆衛生学修士)、慶應義塾大学総合政策学部特任助教、日本カスタマ―ハラスメント対応協会顧問、東京大学大学院医学系研究科(公共健康医学専攻)修了
以 上