【新春対談】神奈川県立保健福祉大学の津野准教授に聞く~最新のハラスメント対策のポイント~

はじめに

2023年の新春対談として、神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーション研究科の津野香奈美准教授に弊社代表取締役の宮中大介が最新のハラスメント対策等に関してお話を伺いました。

<津野香奈美先生のプロフィール>

神奈川県立保健福祉大学准教授。東京大学大学院医学系研究科修了、博士(医学・保健学)、公衆衛生学修士(専門職)和歌山県立医科大学講師、ハーバード公衆衛生大学院客員研究員などを経て現職。

<聞き手:宮中大介>株式会社ベターオプションズ代表取締役。慶応義塾大学総合政策学部特任助教。東京大学医学系研究科公共健康医学専攻修了(公衆衛生学修士)。HRテクノロジー関連のサービス開発やコンサルティングに従事するほか大学にてワーク・エンゲイジメントやメンタルヘルスに関する研究に従事。

宮中:津野先生とは東京大学医学系研究科公共健康医学専攻の同窓生として10年以上のお付き合いとなります。大学での研究、教育はもとより各種検討会の委員や書籍の出版等近年ますますご活躍の場を広げてらっしゃる印象です。簡単に先生の研究内容をご紹介頂けますか?

津野准教授:宮中さんは公共健康医学専攻の第1期生、私は2期生で、同じ精神保健学教室に所属していたんですよね。私の方はその頃から引き続き精神保健に関する研究を軸としていますが、現在は専門領域を社会疫学に置いています。社会疫学とは、人の健康に影響をおよぼす社会的決定要因について研究する学問で、その中でも私は職場環境要因として、上司のリーダーシップ、ハラスメント等の職場の人間関係、シビリティ等の礼節風土、在宅勤務等の仕事の進め方に着目し、これらが労働者の健康に及ぼす影響について研究を行っています。他に、最近は社会の変化が産後うつ等の女性の健康にもたらす影響についても研究しています。

宮中:多岐にわたる研究をされているとは知っていましたが、ますます範囲が拡大していますね。ちなみに、津野先生の研究室は社会人の学生も結構多いのでしょうか?先生のところで学びたい、研究したいという社会人の方も結構多いのではと思います。

津野准教授:はい、私が所属するヘルスイノベーション研究科は社会人向けに作られた公衆衛生系大学院なので、授業の開講も平日夜間と土曜日のみです。そのため、留学生を除いた学生のほとんどが社会人で、私の研究室に所属する学生も留学生以外は全員社会人です。現在は修士・博士課程あわせて8名が所属しています。

宮中:それは良いですね。ヘルスイノベーション研究科のリンクを貼っておきますのでご興味のある方は是非ご覧ください。https://www.shi.kuhs.ac.jp/

さて、早速本題に入らせて頂ければと思いますが、、日本における職場のハラスメントの現状や対策についてどのようにお考えでしょうか?ここ数年の特徴的な動きやトレンドがあいましたら是非教えてください。

津野准教授:2016年と2020年の厚生労働省ハラスメント実態調査に関わりましたが、意外と発生割合自体は変わっていません。ただ、近年相談として増えているのは、在宅勤務下でのハラスメントや、厚生労働省のパワーハラスメントの定義に該当しないようなグレーゾーンのハラスメントです。また、これは近年の特徴というわけではないのですが、日本独自の特徴としては「上司もハラスメント被害者になっていること」があげられます。

宮中:なるほど。日本の実情が良く分かりました。津野先生は企業や自治体の管理職向けにハラスメント研修を実施されることも多いと思います。参加者の顔ぶれや反応などここ数年で特徴的なものはありますか?あるいは、津野先生が近年こういった話題を取り入れるようにしているとか。

津野准教授:最近のハラスメント研修では、管理職を対象に「どうすればハラスメントにならない指導になるのか」という内容だったり、ハラスメント相談対応者を対象に「ハラスメントが発生しない組織や職場をつくるにはどうすれば良いのか」を話すことが多いです。というのも、現状のハラスメント研修は「これをするとハラスメントになる」「~はやってはいけない」という注意喚起のような内容が多く、管理職が委縮してしまっているからです。その状態を打開するためには、「ここさえ押さえれば大丈夫」という部下指導のコツを説明し、実際にロールプレイ等で実践してもらうことに尽きます。そうすると、研修開始時に眉間にしわを寄せていた管理職の皆さんも最終的に笑顔になり、「これならできそう」「今日からやります」と言った反応を下さる事が多いです。

宮中:なるほど。職場のハラスメント対策については日本のみならずグローバルな課題だと思いますが、日本以外の海外で参考になる話題や事例はありますでしょうか?

津野准教授:海外では、国によっては職場のいじめ・ハラスメントが法律で禁止されている国もありますし、公的機関がエビデンス(科学的根拠)に基づいたハラスメント防止ガイドラインを作成しているところもあります。また、2019年6月に国際労働機関(ILO)の年次総会において、仕事の世界における暴力とハラスメントを禁止する条約と勧告が採択されました。これは、日本を含む加盟国に職場の暴力・ハラスメントを禁止する国内法の整備を求めるものです。現状では、日本には差別でさえ禁止する法律がありませんので法整備は難航するものと思われますが、「世界ではハラスメントをしないことが当然とされていること」「将来的には日本でもハラスメントを行うこと自体が禁止される可能性がある」ことを念頭に入れて取り組みを行うと良いと思います。

宮中:なるほど。勉強になります。私は企業の人事部門の方と議論させて頂くことが多いのですが、職場のハラスメント対策を進めたいと思っている企業の人事部門の方にアドバイスされたいことはありますか?

津野准教授:一番お伝えしたいことは、職場のハラスメント対策には一次予防・二次予防・三次予防があること、そして行う順番は必ず三次予防→二次予防→一次予防の順番だということです。一次予防はハラスメントの未然発生防止、二次予防は早期発見・早期介入、三次予防はハラスメント発生後の懲戒処分そして再発防止を指します。多くの企業がやりがちなのが、社内でも有名なハラスメント行為者を懲戒処分せずに、相談窓口への相談を促したり、ハラスメント発生防止のための職場環境改善に取り組もうとしてしまうことです。しかし、その状態では「どうせ相談しても行為者は処分されないのだろう」「なんで自分たちが職場環境改善に取り組まないといけないのか、まずはあの有名なパワハラ上司を何とかして欲しい」という、従業員側の不信感や反発を生みます。一方、ハラスメント行為者が適切に懲戒処分されていれば、「うちの会社は本気でハラスメント対策しようとしているんだ」「相談したらきちんと話を聴いてくれるかもしれない」という期待を生み出し、二次予防・一次予防を円滑に進めることができます。

宮中:非常に勇気づけられるコメントですね。ところで、先生は最近新書を発行されたと伺いましたが?

津野准教授:そうなんです。『パワハラ上司を科学する』というタイトルで筑摩書房から今月7日に発行されます。

宮中:津野先生のことですから、学術知見を踏まえた熱い(厚い)内容なのではと推測しているのですが。内容はどんな感じでしょうか?

津野准教授:はい、とにかく参考文献を基に「ファクト」ベースで解説することにこだわりました。最終的に参考文献は265件に上り、そのほとんどが英語論文です。これまで、研究の世界では多くのことが分かっているのに、それが一般にほとんど知られていないことに歯がゆさを感じてきました。これまで講演や研修等の場では私の方から紹介してきましたが、私一人の身体では拡散力に限界がありますので、もうこれは、日本語で新書等でまとめて解説するしかないなと。もちろん、研究者や大学院生等が元論文を辿れるように、どの文章がどの論文から引用したものなのかも明確にしています。また、科学的知見をただ紹介するだけではなく、その知見と私自身の実践知を融合させて「パワハラ上司にならないための具体的な方法」を解説したのが本書の特徴です。私自身、これまで多くの管理職研修を行い、パワハラ行為者とも個別に面談してきました。そこで感じたのは、多くの方が「何をしたらよいのか」の「正解」を求めているということです。本書は、科学的知見に基づいた「正解」を提示し、誰もが取得できるメソッドとして解説しましたので、それらを実践して頂くことで、多くの上司がパワハラせずに済むことを願っています。

宮中:ご紹介ありがとうございます。書籍のリンクを貼っておきましたので、ぜひ皆様もご購入下さい。私も読みましたが、研究成果の紹介がメインではあるものの、具体的な事例やすぐ生かせるノウハウも盛り込まれていてパワハラ対策の理論から実践まで参考になる一冊と感じました。津野先生、お忙しいところ本日はありがとうございました。

津野准教授:ありがとうございました。

以 上

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