離職予防の科学①

はじめに

現在、新型コロナウイルス感染症の影響が少しずつ弱まり、経済活性化に伴う人手不足の影響が出始めています。コロナ禍以前にも少子化の影響等で人手不足の影響が危惧されていましたが、コロナ禍後には中高年の転職増加等、人手不足を加速する動きも見え始めています。そのような中で、従業員の離職予防をいかに進めるかが注目を集めています。 そこで今回は学術研究において離職予防がどのように研究されてきたのかについて 見てみたいと思います。

 弊社ではこれまで行われてきた従業員の離職に関する研究をレビューし、知見を蓄積していますが、これまでの研究の特徴としては以下に述べる 3つがあると考えています。

 研究対象が介護、看護等の特定の業種・職種に偏っている

 これまで行われてきた離職予防の研究では、研究対象となったサンプルが介護施設や看護師等に偏っていることが特徴です。これらの業界では以前から離職率が高いことが問題となっていることから研究が多いという理由があります。

一方でいわゆるホワイトカラーを対象とした研究はごく少数に留まっています。介護士や看護師といった職種は専門職であり、勤務先を退職しても別の施設や病院でそのスキルが生かせる職種です。したがって、介護や看護の分野で得られた知見は参考にはなるものの、いわゆる大企業のホワイトカラーに そのまま適用できるかどうかについては検討の余地があると言えます。

 実際の離職ではなく離職意思を対象とした研究が大半である

これまで行われてきた離職を検討した研究においては、従業員の離職そのものではなく離職意思あるいは長期勤続意欲を尋ねていることが大半です。例を挙げると、「近いうちに転職したいと思うかどうか」「今の勤務先に長く勤めたいと思うか」 といった設問により離職意思や長期勤続意欲を尋ねることが多いです。

 実際の離職ではなく離職意思を対象とする研究が大半を占めるのは理由があります。1つには、研究対象者が実際に退職したかどうかを調べるには研究に協力してもらう施設や企業での人事記録と照合する必要があるため、企業の守秘の観点から研究協力を得づらくなることがあります。もう1つの理由としては、実際の離職を調べるには十分な離職が発生する期間追跡することが必要となり、研究者に負担がかかるという点です。研究期間だけで3年以上かかるとなると、学部生はもちろん大学院生の研究テーマとしても選ばれづらくなります。

離職研究の中には離職意思と実際の離職が関連しているということを示したものも存在します。しかし、実際の離職を扱った研究がごくわずかにとどまっている現状は実際の現場への応用を考えると弱点と言えます。https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0270958

離職を主要なアウトカムとした研究が少ない

 これまで従業員の退職を研究対象としてきたのは看護学、経営学、組織行動論、組織心理学、産業心理学、産業精神保健学といった分野ですが、それぞれの分野において離職そのものが主要な目的変数として分析された研究が非常に少ないのが現状です。看護学ではバーンアウト、経営学や組織行動論では組織コミットメント、職務満足度、産業心理学ではワーク・エンゲイジメントといった概念が主要な目的変数とされることが大半で、離職はそれらの概念が関連する要因として 扱われていることが多いです。産業界での関心の高さにも関わらず学術論文においては離職は主役ではなく脇役の1人として扱われてきたというのが実情です。 

最後に

最後に日本における離職意思、実際の離職に関する研究の特徴を述べます。看護師、介護士を中心とした研究が多く、企業勤務のホワイトカラーを対象にした研究が非常に少ないの点は海外と共通しています。

例外的に北里大講師(当時)であった可知先生による研究では、ストレスチェックの高ストレスと実際の離職の関連を企業勤務のホワイトカラーを対象に検討しています。いわゆるコホート型のデザインで従業員を長期間追跡して実施されており非常に価値があります。https://bmcpublichealth.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12889-020-8289-5

今後日本においてもホワイトカラーを対象として、実際の退職を検討した研究が増えることを期待したいと思います。

以 上

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